0703
昨日の日記にあんなことを書いたら、前案件の不具合対応にふたたび投げ込まれることになりました。まじかよ。まあでも、やっぱこっちのは作業の充実感が違うなと感じる。某案件はひたすら「どうしてこんなことに???」という気持ちだけが生じるからな。ウーン。
仕事自体はまあ優先度の高い不具合をいくつか倒せたので良かった。ただ優先度が高いというだけでべつに難易度が高いというわけではなかったので、もっと活躍できればよかったのにとも思う。明日もがんばろ。
昨日の日記にあんなことを書いたら、前案件の不具合対応にふたたび投げ込まれることになりました。まじかよ。まあでも、やっぱこっちのは作業の充実感が違うなと感じる。某案件はひたすら「どうしてこんなことに???」という気持ちだけが生じるからな。ウーン。
仕事自体はまあ優先度の高い不具合をいくつか倒せたので良かった。ただ優先度が高いというだけでべつに難易度が高いというわけではなかったので、もっと活躍できればよかったのにとも思う。明日もがんばろ。
仕事は不具合対応。この案件の不具合対応はいつも辛い。前の案件のは楽しかった。この違いが純粋に案件の背負っている歴史の長さの差なのか、前任者への個人的な怨嗟ゆえなのかは知らない。知りたくもないし考えたくもない。
もしかしたらもうすこし火力が欲しいかもです、と増援を依頼していたのだけど、別案件は別案件で納期が迫っているので借りられなさそうだった。まあでも本当に重たそうなのはそろそろ終わっているはず。残りはデザイン崩れ系で、それはそれでテンションが上がらない。でもまあ手をつければすぐ終わるんだろうと思う。思いたい。
年収というやつ、無論ないよりはあるほうがいいに決まっているのだが、具体的な年収と幸福度との関係がいまいち不明瞭だし、どのくらい頑張るとどのくらい年収が上がるのかも不明瞭だし、どのくらい頑張るとどのくらいしんどくて不幸になるのかも不明瞭なので、要するに何もわからない。わからないので局所最適から抜け出す方法がないのだ。
そもそも「幸福」をこんな一次元的な量としてモデル化するのも間違っていて、長時間労働や過剰な心労を年収で補填できるかというとそうでもないだろうと思う。少なくとも僕はそうではない。なので、適度に手癖で労働をやって、もらえる範囲のお金をもらい、そのあたりで満足していられたらな、と思う。可能なのかは知らない。
やはり次のプロジェクトは代数的整数論の復習にしようと改めて決める。Cコンパイラの作成なんかも楽しそうだったんだけど、それはまた今度でいいや。ノートを購入する必要があるだろう。ふうむ。
なんだかよく眠られなかったらしく、変な夢をいくつも見た気がする。あまり覚えていないけど。朝も眠かった。二度寝をした。
仕事ははかばかしくない。不具合対応を切り上げて追加開発部分に進もうと思っていたが結局手が回らなかった。明日こそは優先度を上げないとまずい。
プログラムにコメントを書くなという論、定期的に盛り上がるような印象があるけれど、個人的にはあまり賛同できない。まず、もちろん自明なコメントを書く必要はないけれど、我々はあまり多くのことを自明には思えないし、どんなに綺麗なコードにも、「意図」を書き込むことはできない。たとえば、スキーマ理論の説明によく用いられる例の文章を思い出してほしい。必要な手順はすべてそこに書かれている。でも、あれだけを見て「意図」を知ることは難しい(もちろんそのいくらかは適切な名前付けで解消できるにせよ)。それに、いくつかの処理は、「なぜそれでよいのか」に関するいくらかの説明を必要とすることもあるだろう。
僕たちは、計算機のためだけにコードを書くのではなく、一緒に仕事をする人間のためにコードを書いているのでもあるのだ。
「なぜ人を殺してはいけないのか」と「なぜ僕が人を殺してはいけないのか」とは別の問いである。前者は、「人を殺してはいけない」という規範がなぜ生まれるのかについての問いであり、後者は「なぜ僕は利己的に振る舞ってはいけないのか」についての問いである。もちろん、前者から後者が要請されるかのように我々は見せかけられているが、本来の問いは後者であったはずなのだ。そこから一旦「僕は」が消去されることで、一般的規範のようなものによって個人の行動を統制するという道徳の機能が達成される。のではないか。
きっと僕はさまざまな人に嫌われていたりよく思われていなかったりするだろうけれど、僕はこのようにしかやれないのだから、このようにやる。幸い、そういう人たちは僕ではないのだから、僕がそれをあまり気に病む必要はないのだ。(こんな風に思えるようになった、僕はずいぶん遠くまで来たなと感じる)
昨晩はウィトゲンシュタインの伝記映画を観たのですけど、なんというか、よくわからなかった。監督の趣味?なのか、映画というより舞台演劇みたいな雰囲気だったのだけど、まずそれがあんまり合わなかった感じがある。もっと「普通に」映画をやってくれればいいんだよ……。
内容的には、まあだいたい「あああの話ね」みたいなエピソードの集合だったのだけど、全体的に「偏屈な天才哲学者ウィトゲンシュタイン」という側面を強調したものだったように思う。僕はそれもあまり好きになれなかった。僕のイメージする彼は、もちろん偏屈な天才哲学者だったかもしれないけれど、それ以前に、自分の中に生じてしまった疑問と闘い続け、死によってすべてをなかったことにする誘惑と闘い続けた人なのだ。そういう切実さみたいなものを、もっと描いてほしかったな、と思う。まあこれも僕の勝手なイメージでしかないので、実際の彼がどうだったのかは知りませんが。
今日もこれといって何もしていません。明日はまた仕事ですね。
寝てただけの一日。やっぱりね、さすがに朝までお酒を飲んでいると翌日はかなり活動に支障を来すね。まあ別に活動なんかしないのですが……
今夜はウィトゲンシュタインの伝記映画を観ようかな。
天気が天気予報に従っているわけではないように、世界は物理法則に従ってはいない。物理法則は世界予報のようなものにすぎない(これまでのところ非常に高精度で的中しているが)。
仕事は不具合対応など。今日はあんまりはかばかしくない。感想も特にない。
仕事のあとは会社の何らかの飲み会に行く。この会、昔は大きな案件の終わりに打ち上げとして行っていた気がするけど、いまは会社も事業部が分かれているので全社的な区切りみたいなものはなく、結果的に意義がよくわからないものになっている。まあ僕はお酒が飲めるならどこでもいいんですけどね。
そういえば、三次会?でキャバクラというものに生まれて初めて行ったんですけども、なんとゆーか、あんまり楽しめなかったなと思います。なんだろう、僕が(generalな)会話が下手というのは自覚があるんだけど、そういう人間が楽しめる施設ではないのかな、という感じがしました。難しい。同僚には「こういう場ではIQを落とさないとだめだ」と教えてもらったのだけど、そういうのって意図して落とせるものなんだろうか。よくわからない。
いや、これは思ってたよりショックで、要するに僕はコンテクストをある程度共有した人間としか楽しい会話を維持できないということなんですよね。普段はわりと会社の人と楽しく会話していたので忘れていたけど、これは重要な問題のような気がする。いや、もちろんだれもが誰もそういうスキルを持つ必要はないとは思うけど、僕はこれほどまでにうまくできないのか、という驚きがあった。ウーン、まあ別に興味ないんだけどさ。
土日です。雑に寝て雑に起きよう。
仕事はなんか不具合対応など。このコードを見ているときわめて純度の高い悪意が心の中に生じてくる。しんどい。しんどい。
あとはYの家で引っ越しの準備を手伝いました。こういうの独りでやると虚無だよね。
神は六日で世界を創ったと創世記にはあるけれど、その「六日」ってのは誰が決めた時間の流れなの、と思った。神は最初に天と地を創って、光があって闇を分け、昼と夜と名付けたあと、勝手に夜が来て勝手に朝になる。じゃあ神も時間に縛られていて、時間は神より前にあったということ?創世神話としてそれはええんじゃろうか。それとも天と地とを創ったときに時空全体が創られたといいたいんじゃろうか。時空という模型をここで用いていいのかは大いに疑問だけれども。
「論理的思考ができない」という表現が使われるとき、実際にそこで問題になっているのは論理的問題ではないということがいささか多すぎるような気がする。「論理的思考ができない」というのは本来は「三段論法が理解できない」とか「対偶がもとの命題と同値になる」とかを理解できないことを指すべきなのではないか。そういうシンプルな問題と、さまざまな事実や情報から説得的な結論を出すという問題との間にはかなりの隔たりがあると個人的には思う。まあ僕はこういう表現使わないからどうでもいいけど。
明日は会社の飲み会。それまでにできるだけいろいろ直さなくちゃ。
仕事は普通。淡々と不具合対応をする。思ったほど進まないけど。一歩進むと闇に突き当たり、「どうして」という声が自然と出てくる。
そういえば今度Swiftに入るというProperty Wrapperのことをすこし読んだ。これ、便利だな〜と思うんだけど、こういう便利すぎる道具は異常な実装を引き寄せがち(解決すべきではない問題を解決するのに使われがち)という感覚があり、まあライブラリ制作者各位はいい感じにお願いします、という気持ち。あとはまあ、first classな型制約として扱ってくれればうれしかったかな、と思ったりもするが、まあでもそれはそれこそ型作れよという話なのかもしれない。
夜はねておきたさんとKさんと会社の人とで日本酒を飲んだ。日本酒の味はよくわからないがだいたいどれも好きだ。大雑把に生きていこう。
まだお腹の調子が不穏なのでたぶんそういう風邪なんだろうと思う。明日はもっと元気になりたい。
昨日よりは体調がいいんだけどどうもおなかが痛い。まあ僕から倦怠感と腹痛をとったら何も残らないからな、平常運転平常運転。
仕事は不具合対応。異常な実装が暴れている。とはいえ、異常な実装を一掃する時間はとれないので違法建築が重ねられることになる。いや、まあでも今日やったのは違法ってほどではないよな。ちゃんと直すのを諦めたってだけで。だってこうしてある理由がわかんないんだもん。
CoreDataというフレームワーク、僕は昔ちょっとがんばって勉強をしたから、世界観はだいたい理解しているし基本的なアンチパターンを踏むこともないけれど、がんばって勉強しないと理解できないしアンチパターンを踏みまくるようなフレームワークを公式が出すなという話はある。そうだなあ、まずこれはいわゆる「データベース」じゃあないんだ、というところから導入すればいいんだろうか。このアナロジーを持ち込むことですべてが誤解へと導かれているような気がする。コンテキストという概念、これを第一に理解しなければいけないんだよな。まあいまならこんなもの捨ててRealm使おうぜという話にしかならないのだが……。
あとは昔倒したはずの不具合をもう一度倒す作業とか。なんでこういうことが起こるかというと1つのリポジトリから派生して複数のプロジェクトが存在するからなんだけど、まあ各々はそれぞれ独自の進化をしているので似たような不具合でも絶妙に条件が違ったりする(し、同じ対応がとれるとも限らない)。やれやれ。まあでもそう考えると見た目の件数ほどはしんどくなさそうだ。なんとか終わるかもしれない。
学生のうちは答えのある問題を解いていればよかったが、社会に出るとそうはいかなくなる、という種類の主張をときたま目にするけれど、僕はいまのところ答えのある問題だけ解いて部分点をもらってなんとかなっている。ばかげた主張だ。ずっとなんとかなればいいのにと思う。
あまり具合が良くないのでいつもより長めにヤダヤダしてから仕事に行く。仕事に行くと本業のほうで不具合がたくさん上がっているので、手伝ってたほうの案件にはしばらく手伝えないですと連絡しておく。自分担当にしたけど考えるだけ考えて着手できていない不具合チケットは考察だけ書いて担当者を外しておく。
不具合は多い。今日はビルド作業ばかりしていたためにほとんど着手できなかったのだけど、あと四日で納品らしい。まじで?それは無理では。結果的には連休なんかとってる場合ではなかった感じになっている。でもスケジュール的にはもっと前から検証が始まっているはずだったのだから、まあそのせいといえばそのせいなのだが。うーむ。
ウィトゲンシュタインの伝記映画があるということだったのでレンタルしました。低予算らしいしあまり好評っぽい感じでもないけど、まあウィのファンなので観ます。