diary

0716

幸福に目を向けたとき、愛が目に入るかもしれない。愛に目を向けたとき、幸福が目が入るかもしれない。だからといって、どちらに向かって歩いても同じというわけではない。もしかすると、一方に向かっていくとき他方を振り切らなければならないかもしれない。


仕事は不具合対応の残りとか、あと前案件の申請作業とか。申請作業はつつがなく終わったんだけど、どうもXcode 10.1はOrganizer周辺に不具合があるらしくて、不安なのでFastlaneでIPAを吐いてApplication Loaderで上げるという作業を踏む。さっさとXcode10.2に上げたいんだけど、この案件はどうもSwift 5コンパイラに食わすとデバッグ時に謎のassertion errorでクラッシュするバイナリを吐く特性があるので手を出しあぐねている。これいつ直るんだろ。そろそろ腰を据えて再現コードを書いてバグレポートを出すべき時期ではないか。

不具合対応の残りは、まあなんとか終わる。僕の手元では一切再現しない不具合だったけど、どういうことが起こっているのかはだいたい明らかだったので、とりあえずそこを潰しておいた。ただ、けっこう面倒なハックが必要だったので、これはなんというか、今後は仕様策定の段階で止めたいなと思う。いや、もしかしたらもっとうまいやり方があるのかもしれないけど、僕の現在の技術力ではこれが限界だ……。みんなどうやってるんだろうか。やってないのかもしれないが。


アニメやマンガのキャラクタが日本の政治に対して意見を言うみたいなことがあると、批判的な意見肯定的な意見批判的な意見に対する批判的な意見などさまざま出てくるけれど、僕としては、それが政治の話題であろうとなかろうと、作品世界から逸脱する発言はちょっとしんどいなと感じる。というか、僕はなんならアニメキャラがCMでブルーレイの宣伝をやっているだけでちょっとしんどくなる。作品世界と現実世界との不完全な接合面を見せつけられているような感じがして。君たちは「私たちの活躍」とか言わないでしょ?


ガラケーが持っていた国旗絵文字をUnicodeという国際規格に「いい感じに」取り込むためにどれほどの苦労があったのかを思うと、逆に富士山の絵文字が"MOUNT FUJI"なんて素直に収録されているのがウケるなと思う。まあな、世界遺産らしいしな。それにまあ、極東にある島国の山の名前とか所有権とかはそんなに国際的な問題にならないし。


僕は思っている言葉を言語として表現できる、それはすこし誠実さだったり安心だったりを与える、らしい。そうかもしれない、とは思う。でも、僕はそれは誤解だ、と言いたくなる。僕は、思ったことを書いているのではない。書いたことを思いこんでいるだけなのだ。(その二つには違いがないかもしれない。でも僕はあえて、僕は書いたことをあとから思っているだけなのだ、と言いたくなる。)
暗算が苦手で、二桁の足し算さえ計算用紙の端で筆算していたな、と思う。僕は頭の中だけでものを考えるのが本当に苦手だ。こうして文字にしなければ自分が何を考えているのかさえわからない。でも、それでもいいというなら、僕はこうして語り続けようと思う。それが僕だというふりをし続けようと思う。


0715

なんだっけ、海の日サイコー。料理バトルマンガを読んでいたら一日が終わった。バトルマンガというやつをあまり読まないんだけど、料理で戦闘力がインフレするとこういう感じになるのだなという学びがあった。けっこう面白かった。


そういえば昨夜映画を観ていて思ったのですけど、僕は「『ほんとうの』心」という概念が本当に嫌いだ。そんなの、神様が僕らの鼻の穴から魂を吹き込んでくれるみたいなお話じゃないですか。僕たちが欲しているのは「機能」だけなんだよ。むしろ、まがいものの心でも機能すること、それを通して僕たちの心が実はぜんぜん「ほんとう」なんかじゃなかったことを暴き出してほしいんですよ、フィクションには。「ほんとう」なんてない。機能だけがある。そしてそれは何かの欠如なんかではない。すこしもアンチロマンチックなことではない。そういうお話をしてほしいんです。


明日はまた平日がやってくる。仕事か〜。納品に間に合わなかった不具合とか、あと別案件の申請とかをやらなくちゃいけないだろう。いそがしいそがし。


0714

昼前に起きてねておきたさんとほこらんさんとKさんと屋形船に乗ってもんじゃ焼きを食べました。屋形船ともんじゃ焼きとの関連は謎。あと天気も悪かったので、ただの揺れるもんじゃ焼き店だった説はあります。

そのあと水タバコに行きました。でもこれは完全に虚無でしたね。なんとゆーか、「サブカルの空気」バーみたいな。水素バーってこんな感じなんですかね、という感じ。まあ僕が喫煙者ではないからかもしれませんが。これは何。

そのあとは焼肉に行きました。やはりね、焼肉というのは、高級な焼肉店で分厚い牛タンが出てくるのも良いんですけど、こう安い肉がドンドン出てくるエクスペリエンスも良いよね、という感じでした。いやはや、今日は楽しかった。


明日もまだ休みだそうです。先日僕は海と湖とに本質的な違いが無いことを指摘しましたが、それはそれとして、海の日サイコー!


0713'

昨夜はお酒を飲んで寝落ちをしていました。朝起きたらTwitterに唯物論への愚痴が書かれていました。そうですね。


昼過ぎに起きて、美容院で髪を切ってもらった。どうして美容院の鏡に「我が子を食らうサトゥルヌス」が飾ってあるのかなと思っていたら、単に頭部をマッサージされている女性の写真でした。目が悪いとそういうことがよくある。

夜はYと会ったり、Yの友人たちと合流して飲んだりしました。語彙が謎でウケる、という評をもらった。まあな、そういう最適化をな、こうな、


そういえば海の定義について考えたのでした。海と湖には本質的な違いはないと思うのだけど、辞書的にはどうなのかなと思って。そしたら、海は「海水をたたえた部分」で、海水は「海の水」らしいので、こんな簡単に循環定義が出てくるのか、と思ってびっくりしました。やはりね、海は湖のいっちゃんでかいやつですよ。うん。


明日はねておきたさんたちと屋形船?に乗ります。雨らしいけど。まあ天気とかそんな興味ないしな。


書き忘れていたので追記。津島善子さん、お誕生日おめでとうございます。
非実在存在にも誕生日が設定されているのは、すてきなことだと思う。それはほとんど無条件に「おめでとう」を言うことのできる日だ。そんなものがあることを、うれしいと感じる。


0712

仕事は納品前のバタバタ。バタバタしてたけど結局普通に不具合残っちゃった。まだ改修期間はあるけど。やれやれ。
この案件やってると自尊心が損なわれていくのを感じます。自尊心というか、これをこんなにしたのは僕ではないという強い意識はあるんだけど(実際にそうだし)、それでも僕はこれをリリースしなければならないと思うと、暗い気持ちになる。全部がおかしいのに、なにも変えられやしない。


そういえば三連休らしいですね。でも明日は髪を切りに行くし明後日は出掛けるので、のんびりする時間はあまりなさそう。


0711

なんか昨日はお酒を飲み過ぎたので午後二時くらいに二日酔いのピークが来た。最近は二日酔いが遅れてくる。加齢か?


仕事は不具合対応。なんか再現しなくてどうしようもないやつ以外はなんとかした感。あんまし綺麗じゃない解法かもしれないけど、WebAPIアクセスが連打されるなら無理やり直列化するしかないし、そうなるとあれしかない、はず。うーん……。

そういえば前にすこし手伝ってたアプリがリリースされてました。僕は普段自分が開発に関わったアプリをインストールとかしないんだけど(なぜなら不要だから)、今回のはけっこう頑張ったのでインストールしてみた。本番環境のデータ!という感じで新鮮だった。
僕が作ったUI要素がちゃんと動いてる〜!みたいな、お前六年目でそれ言います?みたいな感情が出てきておもしろかった。でもな、心残りはたくさんあったし、ユーザー目線に立ってみるとやっぱここ微妙だな〜ってとこたくさんありますね。今後もうちで改善していけるみたいだから(僕が関わるかは知らんが)、いずれ良くなるでしょうか。


さて、明日は金曜日。最後の不具合を倒し、週末を迎える。


0710

昨夜の僕は人生についての洞察を得たような気がするけど、いまの僕にはそれをうまく記述できない。いずれ書きたいとは思うけど。


仕事は不具合対応。なるほどそういうエンバグがあるのかーと検証チームに感謝する日々。こういうの、彼らは彼らなりに予想がついて対策できるのだろうか。そうでなければ僕が不具合を直すたびにすべてが不確定になるのではと思うのだけど。

夜はYとお肉を食べる予定だったけど都合がつかなくてキャンセルになった。かわりに同僚が来てくれたのでそれはそれで楽しい飲み会になったけど。


さて、明日は不具合を全部倒す日ということになっているはず。そんなのは無理なので交渉をするのですが。やれやれ。


0709

なんか今朝は妙に起きるのが辛かったんだけど、なんでだろう?


仕事は不具合対応。そういえば、iOS12でのみ確認されてる不具合で、UINavigationControllerがpushViewControllerしている間にもう一度ボタンが押せて二重にpushが発生してしまうことがあるようです。えっ、そんなことある???僕ここに連打対策が必要だなんて思ったこともなかったんだけど、もしかして必要なの?でもiOS11では(少なくとも僕は)再現しないんだけど……。これ何?


インターネットで盛り上がる主張を見ていると、要するにみなさんスカッとできればなんでもいいのですね、という気持ちになったりはする(もちろんこれは僕がその傾向から自由であるという主張ではない)。電車でヤンキーが正論を述べてみんなが拍手する2chのコピペから何も進歩していない。


世界が唐突に終わらねえかなと思う。みんなはそうではないんだろうか。どんなに幸福な人もそうでない人も、世界が終わればそんなのは関係がない。人生ゲームでお金がどんなに貯まってもゲームが終わったらそんなのは無価値であるように。そんな風に思いながら生きていない人が本当にいるのだろうか?
(ここで誤解されてはならないことは、これは僕が別に現世における幸福や利益の追求を否定しているわけでも拒否しているわけでもないということだ。ただ、それはそれとして、それはただ無意味だし、早くそうならないかな〜と思っている、というだけの話なのだ。生きている限りは幸福でいたいよ。でも、そんなの無意味でもある。この文に登場する「無意味」という言葉は、通常我々が何かを「無意味」である、と表現するときのそれとは違ったものとして理解されなければならないだろう)


ところで、トイレの便座にウォッシュレットがついてることがあると思うんですけど、あれの操作パネルにもいろいろありますよね。水の勢いを調節するつまみがあるものや、強弱ボタンがあって調節できるもの。で、僕がずっと思っているのは、この水の勢いが事前に(つまり開始する前に)わからないようなパネルを設計してしまう人は何を考えているのか、ということなんですよね。洗浄を開始してから調整できればいいという問題ではないことは明らかじゃないですか。ファーストコンタクトが強烈すぎるのが嫌なのだから。でも実際にそういう操作パネルは存在する。あれこそが「デザインの失敗」と呼ばれるべきものだと僕は思うのだ。(別に今日なにかこれに関して嫌な思いをしたというわけではありません、ただ思い出しただけです)