andante

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ボンヤリしていた回転寿司を食べたりプロンプトエンジニアリングをしたりしたあまり成果は出ていないやはりCIがほしい


テロリストの行為がきっかけとなって実際に社会に変化がもたらされたそれは一部の人にとって好ましいことだったという事実があったとして以下ではそういう前提で書きますが個人的には積極的にそれを支持したいと思っているわけでもないですそれをどう扱うべきなのか意見が分かれている無論テロリズムを肯定することはできない容認もできないここは免責のために書きましたしかし現にそうなったのであればそうなったこと自体は正しく記述すべきではないかと思うそれがテロリズム擁護に当たるのか僕の考えではまったく当たらないのだがそう考えない人も多い
そういう人はその因果関係について誰も公に語るべきでないと考えているのかもしれないたとえば人を殺してもいい場合もあるのような命題を公に口にすべきではないのと同じことだろうかそのような観念の広まり自体が望ましくない社会を作ることになるだから口にすべきではないという主張はある程度理解できる
しかし人を殺してもいいの例と違ってこれは抽象的な命題ではなく現実にあった事態の記述であるのだから話はもう少し複雑であるような気がする
隣国の戦争で景気が良くなっただとどうだろうこれを戦争肯定ととらえるかは人によりそうだ
原因と結果とがあって結果を肯定的に語るときそれは原因を肯定していることになるのだろうかならないと思いたいがそうは読まれないほうが普通なのかもしれない


寝ますまた夜更かしだ