0320
昼過ぎまで寝て、それから友人宅で飲んだ。友人宅にはギターとベースがあって、友人たちがセッションしているのを僕は動画に撮ったりしていた。
こんな日が来たらいいなって思っていた。でもきっと無理なのも知っていた。大人になったらきっとなんだかんだ不自由で、そんなモラトリアムの微睡みみたいなものなんて、遠くに流されてしまうんだろうと思っていた。でも違った。少なくとも全部がそうではなかった。そのことがとても嬉しい。
昼過ぎまで寝て、それから友人宅で飲んだ。友人宅にはギターとベースがあって、友人たちがセッションしているのを僕は動画に撮ったりしていた。
こんな日が来たらいいなって思っていた。でもきっと無理なのも知っていた。大人になったらきっとなんだかんだ不自由で、そんなモラトリアムの微睡みみたいなものなんて、遠くに流されてしまうんだろうと思っていた。でも違った。少なくとも全部がそうではなかった。そのことがとても嬉しい。
午前中は軽い二日酔いで気分が良くなかったが、午後はそういえばなんか申し込んでいたTOEICを受けに行った。それなりにちゃんと勉強していい点取りたかったはずなんだけど、気がつくと忙しさにかまけて何もしなかったな。ペーパーテストでいい点取れるのだけが自慢だったはずなのに。まあそんなことはないけれども。
リスニングは全然よくわからなかった。シンプルに何年も英語のリスニング能力が要求されたことがなかったせいだと思うので、練習すればけっこう伸びる気はするけど、そもそもビジネス会話みたいなのは語彙がわからなさすぎる。ホテルの受付なんて日本語でもキョドるぞ、僕は。
リーディングは予想に反してけっこういけたと思う。文法はいくつか落とした気もするが。しかしあれはPart7が忙しくてかなわん。焦ると余計に目が滑るが、悠長に読んでる時間もない。これももう少し練習すれば伸びるだろうか。まあ別にしないと思うけど……(妻が受けるついでに趣味で受けただけなので)
夜はすこしReactのテストを書いた。コンポーネントのテストのベストプラクティスを知りたい。
すこし脚本術の本などを読んで寝よう。
自分語りを小説に仕立てるために買った脚本術の本が「主人公は観客に好かれるような存在になっているか?」と問いかけてくる。主人公は観客に好かれるような存在になっているか?
仕事は地味な改善活動をいろいろやっていた。Apolloのキャッシュ関連の改善など。少しはUX向上に寄与するといい。あと設計の見直しとか。hook時代ってコンポーネントがAPIを呼べばいいのかな、やっぱり。リクエストが重複するのはキャッシュを活かして対応するとかで。でもsingle source of truthはどうなった?いや、見方を変えればApolloがそうなっているとも言えるのだろうか?何を読めばこの辺の知見が得られるのだろう。やはり普通にOSSのコードを読むとかだろうか。
眠い。明日は遅めに出勤しよう。残業時間が規制上限ぎりぎりだし。
なんか眠かったので遅めの出勤。Apolloのキャッシュをいい感じにするなど。フォームが絡むとさらに状態管理がややこしくなって、意図しないタイミングでリセットが走ったりするのだが、今日いろいろやったらなんとかうまく動きそう。明日もうすこし洗練させてMR出す。他にもやりたいことが無数にある。やれやれ。
今夜も無意味に夜更かししてしまった。明日も遅めに出勤しよう。
今朝も寝坊して出勤。まあ寝坊ったって9時半なわけで、本当に普通になっちまったもんだなと思う。今でも午前中はぼんやりしているうちに過ぎ去ってしまう感覚があるけれども、一方で作業は普通に進んでいることもあるし、そういう意味ではそこまで夜型人間だったということもないのかもしれない。元来朝起きるのが苦手なわけではないし。
しかし、そうやっているうちに人は寿命を縮めてしまうのかもしれない。
仕事はわりと大規模なリファクタなど。大規模でもないか。ただコールバックを一段減らせた。うまくやればもう一段減らせるのではないかと思っているんだけど、その具体的な手法はまだわかっていない。実験したいが、今はフロントエンドだけやっていてもだめだという話はある。一応締切は過ぎたのに、全然忙しくてかなわないな。
僕はこのままアプリのエンジニアからは足を洗う可能性が5%くらい出てきた気がする。だからってWebフロントエンドのクライアントワークがあるわけではないのだが。より抽象的な仕事、アーキテクト的な立ち位置になるのかもしれない。まだまだ学べることがあることは純粋に嬉しい。学んでいる限り給料は上げられるのだから。
寝ます。明日は朝から会議がある。あと事業部の改名決定が通達されてくるらしいんだけど、反対したいので反対しなくては。きっと無意味な争いなんだ、これも。
一日中Dockerコンテナをいじっていた。マルチステージビルドにだいぶ慣れた気がするが、そもそものDockerのベストプラクティスみたいなのはまだよくわからない。しかしイメージサイズは半分くらいにはなったし、満足できる結果と言える。
夜はReactのテスト書いたりカスタムフック書いたりしていた。ロジックをカスタムフックに隠蔽する方法がおぼろげにわかってきた気がするが、もう少し試さないと。なんか最近すっかりWebフロントエンドもできるみたいな気になっているが、これも全然ベストプラクティスとか知らないままだ。しかしどうすれば学べるのだろう。あいかわらずWebフロントエンド界隈は日進月歩で、検索しても決定版と言えるような知見が全然見つからない。
夜更かししてしまったが寝る。明日はまた寝坊するつもり。
ちょっと仕様変更しようと思ってテストケース書き換えてたら一日が終わった。たまにはそういう日があってもいいけど、もやもやする。まあちょっと二日酔いだったしな。仕方ない。
それはそれとして、なんか事故に遭ったみたいに急に落ち込んでしまった。全部空回りなのかな。もう嫌になっちゃうな。
明日はお花見に行く、はず。そういえば週明けは休みを取ったので4連休です。
どようび!
昼過ぎに近くの川まで歩いて行って簡単な花見をした。こんなご時世なのでとても簡単。しかし公園に行くと普通にレジャーシート敷いたり簡易テント立ててる人とか大勢いた。まあ外だしな。花見くらいしても罰は当たるまい。
夕方はtwlgの書き直しを進めた。一応フロントエンドもそれらしく動いたのでDockerコンテナにするところまで進めた。マルチステージビルドを駆使したら50MBくらいにできたので満足。後は細かい不具合がないか確認しつつ、フロントエンドのレイアウトを改善したらデプロイしたい。テストも書こう。
明日は何をしようかな。ティラミスを作るミッションが課せられているが。
昼前に起きてReactをやっていた。仕事でやっている時はなかなか後回しになってしまって深掘りできないデザイン系の作業など。Material-UIのテーマのカスタマイズとか。CSSのことは相変わらずよくわからないが、昔は欲しかった装飾やレイアウトが増えてるのは嬉しい。僕が勉強してた頃はまだCSS2.1の対応状況も不安定だったものだけど。
4連休の折り返し。明日は好き勝手するぜ。するぜって言っても特に予定はないけど。連休って直前の夜が一番楽しいよね。始まってしまうと特になにもしない。
人々は平日ですが僕は四連休の三日目なので休日。でもまあ、結局書斎でコード書いてるのだし、普段の仕事と特に違いはないという話もある。会社のSlackは見てるし。
それで、twlgの実装を進めた。フロントエンドはほぼ完成と思う。テストは書きたいけど。問題はバックエンドで、完成していたと思っていたクローラの挙動が不穏だったので調べていた。rustでTwitter APIを叩くegg-modeというクレートがあるのだけど、こいつはEntityの文字列オフセットを勝手に変換しているようだ(Twitter APIはコードポイントオフセットで返しているが、egg-modeはrustで扱いやすいようにバイトオフセットにしている)。それはそれでありがたいけど、過去のデータとの互換性が壊れて困るので、結局Twitterクライアントを書きなおすことになった。tokio 1.xと互換性のあるreqwestのOAuth1拡張がなかなか見つからなくて難儀した。
あと、serdeはクリーンアーキテクチャと相性がよくない気配がある。というのも、derive(Deserialize)は構造体定義につけるものだからドメイン層のものだけど、よく考えるとJSONデシリアライズは実装詳細、インフラ層なのであった。真面目にやると結局インフラ層のためのモデルとドメイン層のためのモデルが分離することになるし、実際今回はそうしたのだけど……。まあそこは、変換不要であれば同一視するくらいの感覚がよいのだろう。今回はでも、Twitter APIがRFC 5322の形式で日付を返すのでモデルが必要だった。だるい。
tokio 1.xと互換性のあるクレートが地味に足りていない問題はたびたび躓く。活発なプロジェクトであればβ版くらいは提供されているが、そうでもないとそうでもない。rust自体はそれなりに勢いのある界隈だし、時間が解決するのだ、とは思うけれども。
今日デプロイまでこぎ着けたかったけど、バックアップのことを忘れていたので一回休み。明日やろう。
(こういうことをわざわざ言うと嘘くさくなるのは承知なんだけど、)僕はもしかすると競争というものからけっこう自由なのかもしれない、と思う。中学受験を経験しておいて競争してないってのも変な話なのだけど、その先ではけっこう競争の価値観から外れて生きられているのではないだろうか?まあ、ドラマとかで表現されている「競争社会」がどの程度リアルなものなのかはわからないし、けっこう割り引いてみないといけないだろうけれど……。少なくとも僕はこの五年くらいは「好き勝手やっている」と思っているし、それで満足できているのは幸運なことだろう。
そういう状況のために有効だったのは、やっぱり中学受験だったりなんだろうか。それとも、結局僕のような人間はどこでもそういう風に生きていけるということなのだろうか。でも、結局僕のような人間が僕のように育つためには、僕が生きてきたような環境が必要だった、と考えることもできるだろう。僕は単に幸運だったのだろうか。それとも僕に教育を施そうとした両親の努力の結果なのだろうか(まあ両親は僕にもうちょっと立派になってほしかったようだけど……)。