diary

1022

仕事の前に歯医者にゆきました。べつだん悪いところはないけど昔一度行ったら定期的に通うことになってしまってずるずると続けているやつです。まあ定期的に観てもらえるのは悪いことじゃないけれど。特に歯とか悪くなってもなかなか気づけなさそうだし。

仕事は厳しい。絶望的に無理って感じじゃあないけれど、だいぶ厳しいです。社内リリースは金曜日、らしいのだけど、その未定義語に何を思えばいいのかよくわかりません。とりあえず画面の数だけ揃ってればいいんだろうか。いやそんなことは。
あと社長はその後すぐ出しちゃいたいみたいな感じっぽいことがわかったので、不安が濃くなりました。いや、無論完成度が低いのは僕の仕事が遅いせいなのは承知しているけれど、それとこれとは別の話だ。

ともあれあと一日だか二日だか、がんばります。風邪気味なのが持ちこたえてくれればいいのだけど……。


最近考えたこと。

「政治的」という言葉の、もっとも基本的な意味は、「ほんとうは足したり引いたりできないはずの要素を、なんとか一つの統一されたスコアに換算して行動を決定する」ということなのかな、と思いました。だから、この意味では「おなかすいたけど眠いから寝る」というのも政治的判断と言えます。空腹と眠気とは足したり引いたりできない概念だけど、眠気のほうに重みを置いたスコアによって行動が選択された、という意味で。

こういう判断は、おそらく計算機にはまだうまくできないのではないかと思います。うまくできないというか、未知の要素に対してうまいスコアを割り当てることができない。人間はそういう場合にでもなにかしら「直観的」と大雑把に呼ばれる方法で比較的いい感じなスコアを割り当てて行動を決定できますが、いまの計算機にはまだうまくできないでしょう(それは世界を理解するって話です)。

おそらく、人間にとってすべての判断はこの意味で政治的なのです(論理的推論と呼ばれているものさえも)。それは未知の状況への適応能力を与えてくれるけれども、既知の状況で判断を誤る可能性にもなります。

そして、むしろ逆に、そういった政治性の具現こそが人間の自意識なのかもしれません。さまざまな尺度を一つに統合する存在。もしも脳や身体の各部が勝手に判断して勝手に行動していたら、きっとこんな自意識の生じる余地はなかったでしょう。そして、彼は寝ながら食事をとろうとして、きっとどちらにも失敗するでしょう。

というあたりでこれ「屍者の帝国」でこんな話なかったっけ、と思いました。