diary

1011'

夕方まで眠ってちょっとだけ仕事をしました。目論見通りだんだんと書くだけの作業が増えてきた感じがありますが、まだあまり具体的でないところもいろいろあって、そのあたりは悩ましいです。でもまあ、スケジュール的にはなんとかなる、でしょう。なるか?
あとJenkinsの設定をまたすこしいじりました。とりあえずgitを監視して新しいのが出たら自動でビルドしてくれるのと、明示的に指定すればTestFlightにアップロードするのと。先日のリリースビルド騒動で、継続的にリリースビルドを試す環境は必要だなと感じました。ほんとうはこれにテストを加えるべきなのだけど、それはまた今度ということで……
それと簡易的なデバッグ画面をつけました。今更ですがこれでUUIDも確認できるのでテストが捗るでしょう。他にもあると便利な機能はあるのでそのうち。


「サイコパス」一期一挙放送をタイムシフトで観ています。なにこれおもしろいじゃない。二期一話録画しておけばよかった、今からでもどこかで観られるだろうか。
あんなに技術が進歩しているのに、人々が一日の摂取カロリーなんか気にして生きてるってのはちょっと変だなと思いました。まあ、案外そんなものなのかもしれません。


追記。

「他人に命令する」ということについて。
他人に命令するということが本当の意味でできると思っている人間がいるように思う。しかしそれは事実ではない。他人に対してできることは、彼が特定の行動に対して高いスコアをつけやすくなるように、環境のパラメータを操作することだけだ。
たとえば日本では人を殺すことは禁止されている。しかしそれは人を殺せないという意味ではない。ただ人を殺すことに対して十分な罰が設定されていて、多くの人が割に合わないと感じるというだけだ。もしもそれに十分な価値があると感じる人間がいれば、彼は人を殺すだろう。それを止めることはできない。
(無論、どこかに隔離してしまうなどの手段はあるので、この話はこれで完全ではない。国家と法律を例に使ってしまったのが間違っていたのだ。人間ではなく、人間集団には、他人を言いなりにする力が、確かにある。)

目の前にいる人間にとって、自分の存在が支配的である、という思い込みは、棄てられなければならない。自分の行動も感情も、他の無数の要因と同じく、意志決定のスコアにある重みで算入される存在でしかないのだ。

だから我々は交渉しなければならない。「モモ」にそんな話が出てきたように思う。我々はお願いすることしかできない、と。