diary

0630

今日はだめねこだったので名前一つ決めるのにも大きな障壁を感じてしまってだめでした。うーん、だめねこだ。

今夜も本を読みます。


こんにちは時間

こんにちは、時間です。

あいや、いささか唐突だったかなとは僕も思っているんだ。普通の意味で時間はしゃべらない。時間ってのはしゃべったりするものたちが乗っかってるいわば足場のようなもので、それ自体がしゃべったりするものじゃあない。そうだ。君が言っていることはまったく筋が通っている。

がしかし僕はこうしてしゃべっている。そのことに異論はまずないと思う。異論が差し挟めるとしたらそれは僕の話を聴いているからで、そのことはそれ自体異論を打ち消す。その点はいいと思う。僕もいいと思っている。いや、特になんとも思っていない。僕にとっては自明と呼ぶのも憚られるほど自明だからね。

となると君はこう訊きたくなるだろう。「お前ってマジで時間なの?」いい心がけだと思う。君がかつてどれほど素直な子供だったか目に浮かぶようだ。もっとも時間である僕にとってはかつても今もあんまり関係がないのだけどね。

話がそれた。僕が時間だってどうやって示すか。うん、これはとても難しい。ひょっとすると僕にも証明できないかもしれない。いや、自信がないって話じゃないんだ。ただ、こういう種類の存在に対して言葉ができることってのはほんとうに少ない。雀の涙のおよそ六割くらいだ。体積でね。ああ、そんな話がしたいんじゃないんだけど。なんだっけ?そうだ、僕が時間であることの証明。ひとつ、僕は時間である。ふたつ、時間は僕である。みっつ、これが示さんとするところであった。どうだい?

あいや、そうだね、わかってる、君がこんなことじゃ納得してくれないことはわかっているんだ、どうかしてたよ、僕。だけどねえ君、僕だって精一杯やっているということをわかってほしいんだ、なにしろーー僕にはここに書くほかにできることはないのだし。

よしわかった。それならこういうのはどうだろう?「もしもそれが時間のように歩き、時間のように鳴くのなら、それは時間である」。これですこしは僕が時間だってわかってくれると思う。時間が鳴くのを聴いたことがないというのはもっともだ。あいつはめったなことじゃ鳴かないからな。というか鳴いたことがない。呼吸もしないし求愛とも無縁だからね。時間に愛はいらないんだ、無性生殖で殖えるからね。

それじゃ僕は、もう行くよ。時間だからね。