diary

0803

朝起きてから電車で二時間ほどかかって祖母を訪ねました。それから父と祖母とで回転寿司。しかしこれといって会話をするわけでもなく、ああそうだ、留年するのならお金のことは気にしなくていいから、とかそんな話をすこし。で、一時間ほどの会食ののち帰還。一時間のために往復三時間半くらい掛かっていて多少割に合わない気はする。しかし二月早い誕生日祝いをいただいたのでよかったことにする。
祖母ももうあまり歩けなくて車いすに乗っていました。父が車いすを押していて、ああこのひとにも親というものがあり親孝行をするのだな、と思いました(僕は父のことを天から降って湧いた岩かなにかだと思っている節があります)。

今回の帰省では、(たぶん)八年ぶりくらいに父とまともな会話が成立したので、それだけでも収穫だったのではないかなと思います。自然に話せるようになるのはまだまだ先なのでしょうけど。

夜は母にiPhoneを教えています。iPhoneに音楽を入れる方法とか。母がレフトとライトもまともに覚えていないらしくてびっくり(それでこれまで困らなかったのか)。辞書を引く習慣をつけるといいよ、といいました。いいよ。


明日はこれといってやることはないのですが、母は買い物に連れてゆきたがっています。それとテレビのアンテナの工事がくるので、それからいろいろ配線をしなおさなければならない予感も。というかブルーレイレコーダ、僕が使い方を指南しないとまったく使いこなされない可能性があるので、取扱説明書に付箋を貼るなどしなければならないのでしょう。こんなことで親孝行になるなら安いものです。


そういえば先日僕の幼少期をおさめたビデオを観たときのこと。僕にもああいう言葉も通じないほど幼いどうしようもないただの泣きじゃくる肉の塊でしかなかった時期があるということ、それはちょうど人類に尾てい骨が残っていることのように、どうしようもなく過去を留めているのだということ。それをべつに肯定的にとらえる必要はないのかもしれないけれど、いまの僕はなんとなく嫌だと思った、ということ。感想。