diary

1205

学会最終日。特になにもせず読書。
この三日間、朝は早いし変な服と変な靴だし窮屈な椅子にずっと座っているしで身体中がつらいです。靴のせいか歩き方が変になっているらしく脚が痛いし、なぜだか眠りも浅いです。うう。


「成熟という檻 『魔法少女まどか☆マギカ』論」読了。
こういう評論の本はあまり読まないし苦手なのですけど、まどマギはなんとなくいろいろなことを考えるきっかけになっていたので読んでみようと思って読みました。
まあ、こういう本の読み方はやっぱりよくわからないし、「ほんまかいなー」と思うことはたくさんあって、要するに読んでなにかよいことがあったかというと微妙です。ただ、作品背景としていろいろな小説を参照していて、それらはけっこう面白そうでした。ウェルズとか、けっこうおもしろいっぽい(小学四年のときに「宇宙戦争」を読んでアァン?と思った印象が強い)。
ああ、ほむらの世界とかぶっちゃけどうでもよい感とその変化にふれられていたのは「うんうん」という感じでした。そういうところがこういう本の楽しみ方なのかも。あと、余所のインタビューとかで語られていた裏設定とかを読むことができたのもよかったです。


そろそろ輪講の準備を始めます。具体的には今週末以降。
明後日は朝の五時に研究室に集合だそうです。つらいです。

明日は昼からバイト。一旦授業に抜けて、またバイト。


人間の思考は現象であり矛盾しない。
矛盾するのはその表記・記述においてである。記述は矛盾を許容する。現象はそうではない。
思考が矛盾して思われるならばそれは記述が間違っている。
他者の思考の矛盾を攻撃することには意味は無い(記述された主張の矛盾を指摘することはできる)。それは単に表記が、モデルが、定義が、間違っている。
定義が間違っているのなら、自分で与えなくてはならない。それをせず、ただ「間違っている!」と主張しても意味はない。なんの否定もできていない。


多数派が多数派であることを確信するときそれは倫理ではなくただ善人である。