0428
サーニャをそんな目で見てきました。本編は短かったけど、ある種の「熱さ」のポイントを押さえあってよかったです。でも、「僕ならこう作るかなー」みたいなことを思っていました。あれですね。
いまは友人宅でお酒を飲んでいます。たのしい。
サーニャをそんな目で見てきました。本編は短かったけど、ある種の「熱さ」のポイントを押さえあってよかったです。でも、「僕ならこう作るかなー」みたいなことを思っていました。あれですね。
いまは友人宅でお酒を飲んでいます。たのしい。
今日はひどく酔っているので文章がひどいと思います(だからどうしたとは思います)。
一限は(予想通り)欠席。レポートを二度も欠かしたらさすがにまずいような気はすれど、別に最悪そのくらい単位なくてもいいか、とも思いつ(古文の文法に自信がない)。内容そのものには興味あるけど。
二限には出席。輪講。今日のはあまり関心持てなかったものも多く、たかだかM2に発表のスキルを求めても仕方ないのだな、というのもあり。三番目の発表者は上手だったと思うけど、僕はそのころ数学のほうに気を取られていたのであまり聴かず、だけど問題意識の説明はとても上手かったなという感想。
三限は普通。Fortran90の勉強もしなくちゃいけないのかな、とか、だけどもしかしてg++がある以上C++で書いてもいいのでは、という。並列計算をどうこうするときに問題あるのかな、C++くらいまでならたいていの並列計算手法は対応していると思うけども。さすがにFortranオンリィということはあるまい。でも、基本的な文法を印象に残しておく価値はあるか、とも。
そのあと修士実験(修士論文とは別に学科のカリキュラムとして行う実験)のテーマ決めをしました。拘束条件の不備からいろいろ問題があって一悶着あって、決定に時間が掛かりました。あのケースについて誰も検討しなかったのは不思議というかなんというか、いろいろとあれだと思います。でも、そのトラブルの解消過程で、人間の醜さ(正確には、高潔さが個人の思惑に打ち倒されてゆく瞬間)を見ることができたので個人的には満足しました(アレっぽい発言)。
結果としては、そう悪くないテーマに落ち着いたので、僕はたいへんに満足です。
ほんとうはそのあと(昨日の日記に書いたような)謎の会合に出席する予定だったのですが、参加人数の都合で別にゆかなくてもいい、というかゆくべきでない状況になったという連絡が来たので、ゆかなくてよくなりました。僕は高級料理というものにあまり大きな魅力を感じないので素直に喜びました。
急に予定が空いたので三人で酒を飲みました。たいへんに楽しかったです。そういうわけで酔っていてこの日記はいろいろあれだと思います。またゴールデン・ウィークのあいだに飲む機会があるといいかなって思います。
そう、ゴールデン・ウィークです。さくらのサーバをいじらなくては。中断していた勉強もしたいし、そうだ、明日は友人と映画を観ます。サーニャをそんな目で観ます。エイガ館で。
午前中にゼミ。そのあと友人と議論してすこし喧嘩腰になるなど。寝不足の午前中は気が立っていてよくないですね、というせいにしておく(悪かった、反省している)。議論自体はたいへん有益で、新しい視点が得られた(そのぶんだけ薄気味悪く思えるものも出てきたけど)。説明するってすてきなことだと思った。
四限になんかまた遠隔授業をうけた。今日は量子コンピュータのはなしだったけど、これ大学院生にする話かーと思った。どっちかというとサイエンス・ショウという感じ。まあどうでもいいですけど。
夜は友人宅でシチューをごちそうになりました。焦げてるって言ってたけどわりあいおいしかったと思います。
明日はまた輪講。夕方は実験のガイダンスで、それまでに相方と落ち合って実験の相談をします。いちおうメールで希望は出しておいたので、まあ最終調整といったところ。
それからなんか、研究室の(会ったこともない)先輩の父親と食事をするというおそろしいイベントがあるらしく、どうしてそんなものに当人を見たことさえない僕が狩り出されねばならないのかと思えど、まあ頭数を揃えなければならぬらしく、当然僕はそういった対人シチュエイションに絶望的困難を感じており、ただただ無難に過ぎ去ることを祈るほかなく。失礼の無いようにと言われてもなにが失礼に当たるのか過去の経験はなんの処方も与えてはくれず、そもそも一挙手一投足すべてが失礼なのだと言われればハイソウデスカと言うしかなく実際にそういった事例は観測されており合わない人とは徹底的に合わぬ。アタマイイっぽい話は禁止と言われたものの、それを禁止することは何らかの意味で人格の否定でさえありうると多少憤りはする。とにかく明日は同じように居心地のわるい思いをしていると推測される同期と寄り添いながら零点振動の如く景気の悪い表情を浮かべておくよりやり過ごしように困る。それなら何しに行くのかと、問われてみてこちらも首をかしげる。行く前から帰りたいとはこのことである。帰りたい。
社会勉強って言葉使いたいだけ感ある(社会勉強って言葉自体にそういう趣は感じる)。
みっともないなーと思いながら薄気味悪いコミュニケイションに身を委ね薄気味悪いと知りながら救いを求めています(実際救われています)。
もうすこし、しゃんとして、たくましくならなくては、いけないのだと、思います。そうでなくては、いつまでも僕は僕に価値を見いだすことはできないでしょう。誰にも価値を見いだしてもらえないでしょう。僕は、たったひとりの、誰かのために、人生のすべてを賭けたいと、手放しに憧れています。いまはだめだ。いまの僕は弱すぎる。人間を不幸にするしかできない。そうではなくて、(職人の持つひとそろいの道具のように?、)誰かを、助けたい。それによって自分の存在価値を維持する、その醜悪なるを受け入れてなお、それによって幸福でありたい。
そんなこと、無理なのは、知っています。
ねむいです。レポート書きかけたけど友人に托しそびれたし、しんどいから一限はいいや、もう。
午前中は研究室で荷物運びの手伝い、昼食は@n_tomとつけ麺(おいしうございました)、夕方はまた研究室で定例セミナ。
セミナはすこしずつ話がわかるようになってきたような気がします。わかるのに慣れたのかもしれません。単に今日の話が簡単だっただけかもしれませんが。ああでも、画のようなものはすこしずつ沈殿してきた感じはします。希望。
あと実験の相方と相談メールをしました。相方は計算機とかそれほど興味のないひとっぽいので物性とデバイスあたりに落ち着きそうです。僕はパーセプトロンとかやってみたかったけど……。まあ、そんなに色々手を出していても仕方ないですけど。いまはとりあえず研究室のことと、趣味の数学だけ。
とりあえず大まかな希望は出し合って、細かいところはガイダンスの前、四限の時間にでも決めることにしました。まあ、どうにでもなれ。
明日は朝から半導体ゼミ。まあ一度やったところだし、そんなに困難はないと思います。そういえばfとサーニャをそんな目で観る会は土曜日に延期らしいです。
昨日手こずっていた証明、なんとか示せた感じなので、先に進めます。よかった。
にゃんにゃん(猫)。
一限に出たこととバイトに行ったことしか記憶にありません。ああそうだ、圏論の本の練習問題で、A×(B×C)≅(A×B)×Cを(前にやったように、A×B×Cの同型を除いた一意性を用いるのではなしに)直接示せ、という問題があって、ちょっと手こずっています。目的の射、案外構成できなくないか。単に僕の理解がふよふよしていて頼りないだけか。
バイトはなんか八時間も入ってしまってつかれました。今週はもうおしまい、来週はゴールデン・ウィークでどうなることやら(やすめたらいいな)。
明日は十時から研究室で先輩の手伝い(荷物運び)、それから友人と昼食(すこし遅くなってしまうかも、なるたけそうならないようにするけど)、夕方は研究室の定例セミナ。明後日も午前中からゼミだし、明明後日は死にたさ募る輪講。今週は気が休まりません。でも、明明後日の夕方は友人とストライク・ウィッチーズの映画を観るのだと思います。たのしみです。
研究室の同期にTwitterアカウントがばれました。彼がどのくらい僕に興味を持っているのか知りませんけど、迂闊なことを書けませんね(言うだけ言ってみる)。
二限。なにやったかあんまりおぼえてない。ああ、スピン・軌道相互作用でp軌道がsplitするって話をしたような気がする。磁場がかかってるとああはゆかないけど、そうでなければL・Sの固有状態がハミルトニアンの固有状態になってて、みたいな?
そのあと同じ研究室の社会人ドクタのひととおはなししてごはん食べて研究室へ。なんか機嫌が良かったのでさくらVPSの移転作業をしていました(この記事はもう移転先で書かれているはずです)。とりあえずhttpdは移したので、あとはgitoliteを移すのと、nginxをどうにかするのをやればいいのかな。icecastも走らせたいですね(メモリとか足りるのかな)。
あと明日提出のレポート。一般の次元についてやったあとに特殊例として1,2,3次元の場合を出すの、なんかアレっぽいけど、状態密度がエネルギーの(d/2-1)乗に比例するのは示しておきたいなあとか思うし、まあ書いちゃえ。
明日は一限と、昼からバイトです。二限の時間はまた図書室で数学をやろうかなと思います。フフフン。
YUKI.N> みえてる?
昨日は鬱々していたらほこらんさんに飲みましょうって誘われて、うひょう、ってなってお邪魔してお酒を飲んで泊まってきました。ありがとうございます(ほんとうに、ありがとうございます)。
ほこらんさんとはたくさんの前提を共有していて、いろいろのことをわりと素直に話すことができるし、薄気味悪がられるようなことを言うことにもあまり抵抗がなくて(なにしろさんざん薄気味悪い自意識をfavりあっていたのですから)、おはなしするのが楽しいなあと思います。すこしずつ慣れてきてわりと気軽に会えるようになったのも大きい。ちょくちょく飲むような間柄になれたらすてきだな、と思います。
ほこらんさんのお部屋、すくなくとも僕の部屋の二兆倍くらいはおしゃれですよ(盛る)。
今日は朝に一旦帰宅して昼からバイト。チケットぷちぷち。わりと作業に集中していた時間が長めに取れていたからよかったです。いつもこうだといいのにね。
明日は二限。そのあとはたぶんなにもなかったので、研究室にゆくか家に帰ってやすむかするのだと思います。ああ、(書いたかもわからないけど)さくらのVPS、移行のための新プランがようやく仮登録できたので、移行作業を進めなくてはいけません。それがおわったら旧い方を退会。これもちょっと面倒な手続きがあるようなので(といってもテンプレ通りのメールを送るだけですが)、早めに気合いを溜めないといけません。うう。
結局rails触れていないし、かなしいですね。気力と時間とがぜんぜんありません。明日はもうさっさと家に帰ってしまいたいですけど、きっと焦ってしまってやっぱり研究室にゆくのでしょうね。なにしよう。普通に半導体ゼミの予習か。火曜日提出の小さいレポートもあった気がする。
あーあ。
h.b. > λ
ほこらんさんのおうちにお邪魔してお酒を飲んでいます。薄気味悪い話!
明日はバイトです。
「はっぴぃ にゅう にゃあ」をひさびさに聴いています。いいですね、これ。
二限に出て、D2とM2の論文中間審査を聴きました。また大学をやめたくなりました。アカデミズムの場がこういう習慣を持っているのなら、僕はそこから排除された人間であって、そこにいるべきではないのだと思いました。そもそも人の話を聴くのは得意ではないし、二十五分もずっと話し続けられて、スライドもよくわからないし、背景の説明も僕ほどなにも知らないとちっとも意味をなさないし、質問者は意味があるのかないのかわからない質問をするし応答もよくわからないし、感想を書けと言われてもちっとも思いつかないし(「実験がうまくいってよかったなあと思いました」「実験がうまくゆくとよいと思います」くらいの感想しかないです)、これを毎週やらなきゃいけないのだと思うとほんとうに暗い気持ちになります。
ああ、ほんとうに。あの「それって他のひとはやってないんですか」っていう質問、僕にはあまりにも不愉快だったし、ああこのひとは別にこの話に関心なんかないけど効果的な攻撃をすることに価値を見いだしているんだな、と思うのに十分でした(でも、自分が自意識おばけだからって他人もそうだと仮定するのは傲慢な態度だな、とも思うので、これはほんとは思わなかったことにしたいです)。
おわったあとに先輩と同期とでごはんを食べました。先輩はこういう発表、一年たってようやくわかるようになってきたと言っていたので、僕も一年がんばればこういう疎外感を感じなくてもいいのかな、と思います(たしかにすこしずつわかる話も増えてきた印象はあります)。でもやっぱり感想とかは持てないなあと思いました。
「読書感想文が苦手だった」という話はとても普遍的に見られるのに、感想を持つことのできない大人というのはあまりいないように思われます。そこから推測されることはよくわからないのですけど、人生のどこかで感想を持ちやすくなるのか、そもそも「読書感想文が苦手」というのがなんというか「あるあるネタ」の抽象度の高いバージョンみたいなもので、要するにみんなべつに苦手でもなんでもなかったのか、みんなが苦手だと言っていたのは単に本を読むのが面倒だっただけで書くのは苦手でもなかったのか、などいろいろな可能性が考えられて、僕は最後の説を若干支持するものですけども。読書感想文のために本を読むのは好きだった。夏休みのたびにこれで書こうと三冊くらい読んでは書けぬと悩んでいた気がするのはだいぶ盛ってる(本はいろいろ読んでいたけど)。
あと、同期はあまり言葉遣いの強さについて気にしないひとなのだな、と思って悲しくなりました。僕が思っている言葉の繊細さというのはべつに普遍的でもなんでもないと思うのですが、たぶん彼にはそれが些細な問題に思われたのでしょうし、僕の反論はただの反論のための反論だと思われたのだろうなと思って、ああ僕はもう誰ともおはなししたくないな、と思いました。僕はね、そのふたつを同値とみなすような大雑把な言葉遣いはしたくないな、と思うのです。というか、違っていることにほんとうに気づかないのですか。現象としての意味は同じでも、描ける画がぜんぜんちがっていると、ほんとうに思わないのですか。思わないなら、いいです。ごめんなさい。
つらいなあ。みんなは僕みたいにつらくないように見えるし、僕のつらさがみんなと同じくらいだと思っているように見える。僕の困難は「なんだかんだでできる」の外側にあるって、証明すること、きっと死んでみせるしかやりかたがないのだと思います。人間ってのはそういう風に想像力の無い動物で、それとも、人間の均質さに関する信仰に、固執する動物なのです。
比較できないものの比較は操作的にしかできないし、そのとき顕れた差異を誤差なり例外なりと片付けられてしまうのは、とてもつらいです。
もう、つかれました。
そういえば、研究室で着々と素粒子だの数学だのに明るいキャラみたいになりつつあって、なんというかそういうの吹聴しないでほしいなって思ったりはするし、かなしいです。ただ、かなしいです。
いろいろな感情、区別するのがしんどくなってきて、「かなしい」に一本化されてゆく感じがあります。かなしい。かなしいです。
大学、やめたいなあ。やっぱり僕には向いていなかったんだ、って思います。だめならやめようって言ってた僕、いまこそ「だめ」ではないのかね。
あああ、でも、こわい。なにかを変えるのが、こわいです。僕の心だけを器用に殺して、身体だけが明日から先を生きてゆくようになればいいのに。月曜日になればまた授業に出て、研究室に通うようになればいいのに。
僕に向いていることなんて(社会的に価値を認められる範囲には)なにもないし、たぶん僕は向いてないと知っていながら学生をつづけて、向いてない仕事について、向いてない毎日を過ごすのでしょう。
でも、来年まだ生きているのか、もうよくわかりません。大学にはもう、いないような気がします。そしたらきっとこの家からも出なくてはいけなくて、実家に帰ったら惨めな生活になって、そうなったら、(とてもおそろしいことだけど、だけど、)僕はきっと死ぬんだと思います。
僕はどこで間違ってしまったのだろう。最初から間違っていたのかもしれません。所詮は夢物語だったのです。僕はもっと不幸であるべきだった、いや、むしろ、それでこそ、幸福だったのかもしれません。僕には、なにが幸福なのか、もうわかりません。
ときどき、恋人ってものがまたできることを考えます。そうしたら僕は元気になって、自信を取り戻して、溌剌として大学にゆき研究に邁進し、社会的に成功するのかもしれません。でも、きっとそんなことはないのだと思います。なにしろ僕はこんな人間ですし。昔はもうすこし、前途有望に思われたけれど、いまの僕には、もう破滅しか残されていないように見えるのです。かなしいですね。かなしいかなしい言ってばかりで、ちっとも価値のある存在に思えないです。かなしいですね。
病院に行ったり薬を飲んだりしたら治るのかな、と思ってみて、だけど僕はもう十何年もこうだったし、それを薬で治すってのはどういうことなのかわかりません。それは治っているのですか。それは誰なのですか。僕のいとおしい僕はどこへゆくのですか。毎日を慎重にたぐり寄せてゆく限り、破滅の予感はつねに横にあって、これまでずっとうまくできなかったことが、今になってとうとう破滅をもたらしたというだけなのに、それを治すっていうのはどういうことなのですか。
たぶん僕は、人間じゃないのだと思います。かなしいです。おやすみしたい。さよならしたい。ごめんね。どうか心配しないで、素知らぬ顔をしていて、僕がほんとうにだめになっても、助けようなんて思わないで。生まれてきた僕がわるいのに、そんなふうに他人のリソースを要求するなんて、我慢ならないのです。
いつかこれを読んだ誰かが「なにも死ななくてもよかったのに」っていうことを考えています。学校なんてやめたらよかった、バイトなんてやめたらよかった、一年くらい、ただゆっくり休んでいればよかった、死んでしまうくらいなら、そうしたらよかったのに、きっとそういうのだと思います。これは、これは、無限遠への悪意です。
明日は土曜日です(よね)。日曜日はシフトが入ってしまって、ほんとうは行きたくないけど、僕は無能なのにずいぶんとお金をもらっているから、せめてたくさん働いて報いなくてはいけないのだと思います。お仕事、ほんとうはもうやめたほうがいいのだと思うけど、生活が成り立たないから、がんばらなくてはいけません。がんばってまで生きていたくはないけど、まだ死ねないと思います。生きていてお金がないと、きっと異常者のふるまいをしてしまうから、お金を稼がなくてはいけません。がんばる。とにかく明日はゆっくり休めるから、あしたはゆっくり休みます。来週の金曜日に友人とストライクウィッチーズの映画をみにゆく約束をしたので、それまではがんばろうと思います。でも僕はずっとがんばろうと思っていたはずなんだけどな。