diary

0920

今日は比較的元気。でも仕事は進まない。怪しい箇所を全部コメントアウトしてもまだ残る不具合に僕たちは何ができるというのか。


時々、家事全般を会社での業務になぞらえて「こんな効率化ができる!」と主張する人がいるそうだけど、僕はそれはすこし違うのではないかと思っている。いや、もちろん家庭と家事とを会社と仕事とになぞらえることができないわけではないとは思うけど、生活というのはそういうことじゃないんじゃないだろうか。目標設定も評価関数も違うはずのことを、体裁だけ同一視してなんかそれっぽいKPI(っていうんですか?)を向上させて攻略した気になっているだけではないのか。知らんけど。なんかこう、所詮会社員が支配できる世界の論理なんて生活の複雑さの前には微小、みたいな直感があり、それを無邪気に振りかざす事例を見ると、ウーンと思ったりする。


ソフトウェアエンジニアの中には「プログラミングが好きで好きでたまらない人でなければものにならない」とか「業務時間外でも勉強するのが当然」みたいな主張をする人が時々いる。ほかの業種でもいるのかもしれないけど、観測範囲ではよく見る。あれは何なんだろう。
僕は、確かに勉強すれば技術力は上がるだろうし、そういう向上心にみちた人が大勢いる業界になるといいなという気持ちはわかるし共感もするけれど、そんな知らん優等生がいきなり来てそんなことを言い出したら「誰だテメー」としか思わないし、そういうのってかつていろんな伝統工芸が衰退してきた道なのではという気もする。少なくとも僕はこの主張を声高にあげることをまったく正当化できない。すこし不快でさえある。僕は別に三流かもしれないけどソフトウェアエンジニアをやってるし、それでものんびりした三流をやっていければいいんだよ。なんだって僕らのほうから単価を下げて行かなきゃいけないんだ。経営者にでもなったつもりなのか?


昔作った自分のpostを模倣するbotが「年齢:23、つらい」と言っていた。僕はもうじき30になる。ガロアは死ぬ間際に「二十歳で死ぬのにはありったけの勇気がいるんだ」と言ったという。僕にとって三十歳まで生きるのもありったけの勇気がいることだったはずだ。でも僕はまだ生きている。そのことをすこし想った。


明日はのんびり。本を読むとか。夜はYとfと肉を食べます。