diary

0401

エイプリル・フール!(エイプリル・フール!)

特になにもしませんでした。ああいうの、個人が冗談を言って、っていう時代でもないかなあって思います。冗談なら日頃から言っていますしね(真顔)。

googleドラクエmapsはいいですね。あの動画とかすごくよかった(とくにあの、僕はファミコン世代じゃないんだけど、モデムの接続音とかはすごくよかったです)。あとモールス日本語入力もよかった。去年(だっけ)のものすごくキーが多い日本語入力冗句を踏まえた上で今年はキーを一個にしました、ってのがとてもいい。

大きい会社とか、エイプリル・フール部門があって、一年中おもしろい冗談を考えていたらいいなあと思います。そのためにはいくらでも予算をつかっていい。


夕方からλとビリヤードをしました。fも呼んであったのですが、彼は就活関係で急に都合がつかなくなったらしく、結局二人でした(「独り」に対応するような「ふたり」の漢字表記がほしいですね)。ビリヤード、ひさびさだったせいか七戦全敗くらいしました。全敗とはいえ半分くらいは惜敗だったのですけど、どうもここぞというときに精度が落ちてしまってもったいないミスを重ねていました。精妙なショットもいくらかあったのですけどね。
お会計のとき、そういえば学生証を持っていなかったので一般料金になってしまいました。大学院の学生証はまだもらっていないし。いや、でも大学院生って大学生料金にはならないのかな。そもそも二十二歳にもなってビリヤード代ごときで学生割引してもらおうなんてのも個人的にはなんとなく恥ずかしい気持ちもあります。

それからお好み焼きをたべてすこしお酒を飲みました。卒業祝いだといっておごってもらいました。ありがとう。君も来年は就職ですねえ。

大人になってゆく友人たち(と僕)。


明日は研究室で挨拶をするらしいです。朝起きられるのかおおいに疑問です。この朝の挨拶って毎日出るものなのかなあ。本郷で授業ある日とかほかになにもない日とか、さすがに毎日はつらいと思うなあ。うー。

新学期は四日からのようです。三日、つまり明後日はガイダンスが本郷と駒場の両方であって、どちらにも出なくてはいけないようです。時間割をしらべたり、履修登録をしたり、必要な手続きをしたり、なんだかたいへんそうです。やらなくてはいけないことの一覧をつくらなくては。でも、その一覧が完全かどうかを確かめなくてはいけないのなら、そんなものあってもなくても同じでは、って極論が聞こえてきて、まあそんなことはないのでまとめておかなくては。

輪講とか実験とかのいろいろな要項が公開されていたのですこし読みました。とてもこわいです。だめならあきらめたらいいや、って口癖のように言っているのは、たぶんほんとうはあきらめたくなんかないことなんだと思うし、実際にあきらめることなんてできないだろうなと予感します。でもそうなったとき、僕は耐えられるのか、とても心細いです。

カウンセリングとか、ときどきすすめられたりするけれども、僕の想像力はいまのところ、それで事態が劇的によくなることに対して否定的です。僕はとにかくすべて拒絶して引きこもってしまいたくて、でもそんなことをしたらきっと二度と立ち直れないことも直感していて、だからそんなことは全力で避けなくてはいけないと知っていて、結局「僕だけ他のひとより人生楽にならないかなあ」としか思えないし、誰かにそんな恥ずかしい心情を打ち明けたくはないし、打ち明けたって僕の人生は他のひとより楽にならないと思います。そんな風におもわなくてもすむように変えてゆくためにあるのかもしれませんけれども、正直なところ僕はポジティヴになりたいともあまり思えません。そんなことをしたら、みんなと同じだけの苦労をしなくてはいけないのですから。ああ、いま僕は変な推論をした。やっぱり僕はどこかに閉じ込められているのだな。

しあわせにしてほしい。かたわらにいるひとをしあわせにしたい。その二つが等価だと(すくなくともある条件のもとで等価でありうると)、僕は本気で信じていたけれども、そんなのは嘘だと僕は知ってしまったし、認めなくてはいけない。でも、そうしたら、僕はもう、生きていてはいけないのではないかと思える。誰かをしあわせにすることが僕にとってもしあわせなのではないのなら、僕の幸福と他人の幸福が両立し得ないのなら、僕はもう、他人を幸福にすることなんてできないし、そんな僕には生きていていい道理がないと思える。ああ、また僕は閉じ込められている。

自分が幸福だと思うことさえできないのか、僕は。

さびしい。


元気を出さなけあ、なりません。今夜はおとなしくすこしだけ数学をしてねむりましょう。にゃんにゃん(慎重)。