覚え書きIV
自分の文章が大好きだ。
自分が持ってると勝手に自惚れているクリエイティヴィティとやらに由来するのではない。自分の文章がおもしろいと思っているからではない(しばしば思っているけれども)。ただ、自分の文章の声が好きだ。この声で話すのが好きだ。自分のほんとうの声は大嫌いだし、自分がほんとうに話すことも嫌いだけれど、この声だけは大好きだ。
自分がこの声で話すことをたくさん聴きたい。たくさん話してほしい。自分とそっくりの、だけど細部の醜さが目に留まらないような抽象的な姿をした自分と、土砂降りの雨の中抱き合っていたい。泣きながら、雨だか涙だかわからないものに濡れて、醜い声で叫ぶのだ。お前はなにを考えているんだ!言ってみろよ!ほんとうは言いたいことなんかなくてただ大声を出したい。そうしてそいつがぽつりぽつりと、あの穏やかな声で話しだすのだ。僕がほんとうはただ大声を出したいんじゃなくて、何を言いたかったのかを。
結局のところそんなことはできはしない。僕にはそんな能力も、そもそも言いたいことだってきっとない。それでも僕はそいつの声が聴きたい。そいつの声で話したい。どんなに能力も内容も無くたって、そもそもなにも書かなくたって、僕だけは僕を詩人だと、認めてやるのだ。架空された夕暮れの、架空された帰り道の、その穏やかな道のりを、丁寧に撫でるような言葉を持っていると、信じてやるのだ。
だからずっとなにかを書いている。これからも書くだろう。夕暮れの帰り道を、歩くような速さで。