diary

1101

月初めになると思い出す、このblogのサイドメニューのカレンダーにはバグがある(この日記を投稿すると発現しなくなるので皆さんが次に目にするのは十二月ですが)。


仕事はあまり順調でない。順調だったら日記に仕事の話なんか書かないという話はある。順調じゃないなりに進捗はあった。Dockerコンテナで実行されるPythonスクリプトのstdinに画像を投げ込んでstdoutのJSONを受けとる方法を確立した。macOSが作るBMPがちょっと特殊な形式になってる(ヘッダに入っている画像の高さが負値で、これは規格上許されるし意味あることなのだが稀なのでライブラリが対応してなかったっぽい)せいでしばらく足踏みした。

問題はこれをどう使えばいいのか、ですが。解けないよ、こんな問題。


精神状態が相変わらずよくないです。頭がぼんやりする。ぼんやりするから薬を減らしてもらったはずなのだけど、変わらないなら戻してもらったほうが良さそうだ。無限に寝ていたい。本を読みたいけど早めに眠ったほうがきっとよい。


1102

精神状態がとても悪い。自分はこんなに頭が悪かっただろうかという気分に襲われる。たぶんそれは半分は真実で、もう半分は精神状態の悪さのために起こっていることなのだろう。ただそうわかったところで問題はなにひとつ改善されない。精神状態がとても悪い。


明日は休みだ。薬局に行くべきかもしれないし、ちょっと足を伸ばして電器屋でメカニカルキーボードの種類について試してみるべきかもしれない。しかし精神状態が悪いのだ。どうすればいい。


1103

今日は11月3日の日。年に一度訪れる11月3日に感謝する休日。


「精霊の箱」読みました。感想はうまく言えない。適切だった。人間が成長していくことに関するよいメッセージがちりばめられていたと思う。そして相変わらずファンタジーとしての数理的対象が自然に描かれていて良かった。これはすごいことだと思う。
だいぶ前に読んだ「CODE」や「コンピュータシステムの理論と実装」のように、理屈では存在することを知っているものがどのように実装されている(され得る)のかをボトムアップに説明してくれる本は楽しい。
ただクライマックスの数理的仕掛けは前作のほうがインパクトあってよかったかもな、とすこし思う。


お昼頃に起きて、それからしばらくぼんやりして、それから秋葉原に出掛けました。ヨドバシカメラでメカニカルキーボードの違いを触って確かめました。青軸はなるほどチャカチャカと音が大きくて、赤軸はモコモコとした感じ?並べてみるとHHKBもモコモコしてるなあと思いました。買うなら茶軸かなあと思ったけど赤軸も悪くないかもしれない(説明が不足しているかもしれないので補いますが分離型のメカニカルキーボードの購入を検討していたりしていなかったりするのです)。うーん、赤軸もうちょっと触ればよかったかも。

あとついでなのでApple Watchの試着を軽くしてきました。予想されていたことですが、42mmのほうだとバンドが一番きつく締めてもまだ緩くて、だったら38mmにしたほうがいいのかなあという感じです。わからん、腕時計ってのはどのくらい締めるのが適切なんだ?
まあこれに関しては買うのか謎。せっかく賞与も出たことだしパァと遣ってもいいのかもしれないけど。でもそれよりはキーボードのような気がするしな。

帰る途中で昔の取締役に偶然出会ったのでびっくりしました。そういうことがあるとすこしだけ嬉しくなります。予想外の出来事が自分の生に力を加えてくれるような気がして。もっといろいろなことにびっくりしてゆきたい。


会社の人に薦められたので「ユーリ!!! on ICE」の振り返り放送を観ました。うーん、なるほど映像が綺麗だなあと思うのだけど、そういえば僕はフィギュアスケートというやつがよくわからんのだった。個々の動きから何を読み取れば良いのかよくわからない、というような。たとえば音ゲーだったら難しい配置とかあるけど芸術点とかは無いわけじゃん?それとの違いがよくわからないのにスケートには芸術点がある、みたいな感じ。
あとはまあ、普段は美少女ばっかりのアニメばっかり観ているので、こういうのはいろいろ新鮮だなあと思ったりなど。


明日はまた平日ですが明後日はお休みなのでがんばれると思う。仕事の前に心療内科。でもなにを話せばいいんだかわからなくなってしまって怖い。僕あの先生苦手かもしれない。ああでも明日は別の先生なんだっけ。なにを話せばいいのかわからない。相変わらず頭はぼんやりしているから薬を減らした意味あまりなかった。難しいことを考え出すと頭がウーーーーッとなる。ずっと憂鬱で、何をする気力もなくなってしまい、本を読もうとしても頭がウーーーーッとなるから読めなくて、ただがらんとした時間がつらくなってしまう。誰かにやさしくしてもらいたい。でもそんなことをしてくれる相手はいないし、具体的になにを望んでいるのかももうよくわからない。抱きしめてくれるとか、お話を聞いてくれるとか?
仮に無限にやさしい人が目の前に現れたとして、僕はもはや救われるとは思えない、その場では何かがすこし和らいだような気がして、ありがとう、と言ってさよならするんだけど、きっと帰り道ではもう心が凍えそうになってしまっていると思う。そしてそのことを隠しながら生きていくしかないんだ。


変わってゆくものと変わらずにあるものとの間のリズムについてまたふと思い出したのでした。たとえば同じ街でずっと育ってゆくこととか。きっとそこでは、まったく同じ道がまったく異なる意味をもって見えるのだと思います。子供のころには用がなかったり、逆にもう何年も行っていなかったりする店があるような。変わったのは自分のほうなのに、街のほうが変わったように感じられるような(多少は変わるのでしょうが)。そういったことをお話にできたら、とすこし思ったのだけど、どうすればいいのかわかりません。


1104

仕事の前に心療内科へ。憂鬱がひどいという話をしたら薬が出たのだけど、調べたらSNRIでした。本格的だ。これですこしは元気が出るといい。

なんて前向きな気持ちはすこしもなくて、ただ自分の迷い込んでしまったトンネルが一段階深くなったことを感じるのみだ。

薬の影響でいらいらすることがあると思うけど、薬の影響だと考えて気楽にしてください、みたいなことを言われたけど、なんだそれ、とは思う。だったら僕は人生の影響でつらいんだろう。なーんだ、ははは。


仕事もまったくうまくゆかない。僕自身はもううまくゆくわけがないと考えていることを試み続けるのは精神をとても傷つける行為だと思う。大学院のときもそんな感じだったな。あの時期に精神を壊したのは単に興味が持てなかったからだと思っていたけど、もしかするとそういう事情もあったのかもしれない。まあ、よく覚えていない。


土日はゆっくり休みたい。ゆっくり。ゆっくり。にゃあ。


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精神状態がとても悪い。体調もあまり良くない。それ以外に特筆すべきことは何もなし。


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精神が完全に虚無に支配されており、一切のやる気がない。すこしだけ散歩に出て川沿いを歩いたが出発が遅かったのですぐに暗くなってしまった。歩いているあいだはわずかに虚無を忘れることができたが家に戻れば結局虚無だ。

この虚無的精神状態は何に由来するのだろう。単に休日でやることがないのが原因?薬の影響でなければいいのだけど。


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精神状態は広義単調に悪化しているような気がします。どうでもいいですが「広義単調に」という言いかたはすこし不自然ですね。「広義単調増加」という概念から逆算して作られた言葉のように思われます。どうでもいいですが。


会社の人が社外の勉強会で発表するらしいので発表練習にコメントしたりしました。自分はろくろく発表なんかできないくせに偉そうだなと思いました。


考えなくてはいけないことが多すぎて、そのどれもが僕の手に負えないように感じられて、(こう書くとあたかも事実と異なるかのように見えますが事実そうだとしか思われなくて、)それらのことについて考えようとすると頭がウーーーーーッとなります。なります。もう本当にどうしちゃったんだろう、僕は。助けて。何を。破局だけは嫌なんだ、死にたくないし、不幸にもなりたくないんだ。助けて。何を。


明日は病院。予約の時間が早いのでちょっと早起きしなくちゃいけないのだけど、こんな時間にまだお風呂にも入ってない。いいもんね、ドライヤーがあるからすぐ寝られるもんねえ。


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キョムとネムとが交互にやってくる。


仕事の前に病院。こないだ心療内科で出た薬について相談しようと思ってたんだけど言い出せなかった(それは心療内科のほうに問い合わせるのが筋では?)。あとはなんか検査。


仕事は順調ということがあり得ない中ではまあまあ順調。自分に教育なんか務まらないことを痛感する。たぶん問題解決の方法論を持たないままに手持ちの火力だけでどうにかなることだけしかしてこなかったからだろうなと思う。もっとシンプルな原因として、単純にコミュニケイションが下手。


明日は仕事の前に歯医者。