diary

0430

実家にいます。


安易な自虐的反省文はいくらでも生成できるのであって、それらに対して(自己弁護的で居心地が悪くても(自己弁護が居心地が悪いのは普通のことではない?))反論してゆく態度が大事なんではないかと思う。安易な反省は安易である限り無価値で、対外的スコアアップの効果音でしかない。


明日はゆっくりするんじゃないかと思います。明後日はちょっと歩くかな。


0501

実家にいます。本を読んだり論文読んだり。これといって面白いことはしていません。明日は具合が良かったら歩こうかなと思います。中学高校で毎日電車に乗ってたところがだいたい15kmくらいらしいので、それなら歩いてみたいなと。別に面白みのあるところでもないでしょうけど。


0502

実家にいます。

お昼過ぎから散歩に出たのだけど、6キロほど歩いたところで暑すぎるので断念しました。気温29℃とか聞いてないし、あと何を思ったかヒートテックなんか着てったのが完全に失敗だった。帽子を準備すべきでしたね。

なのであんまり歩けなかったけれど、実家の周辺のことを意外と知らなかったのがすこし解消されたので良かったかなと思います。というかちょっと入るとけっこう田舎なのね。


明日はたぶん出掛けずにのんびりします。わからないけど。


「世界は世界全体で世界である」というのは、正則関数における一致の定理のようなもので、目の前にある世界の一部だけを取り出してみても実際はそれは世界全体を含んでいる、というようなことなのかもしれない。解析接続の理解がこういう感じで合っているのかはよく知らない。

思えば2012年とか2013年あたりはだいぶ絶対無分節的な気持ちだったような気がするのだけど、それは客観的にはメンタルがニャンして精神医学のお世話になっていた時期と重なっているのであって、ふうむという感じがある。偶然だと思うんだけど。いや、あの無我にリアリティを感じていたのはやっぱりそういうことだったのかもしれない。ほどほどがいいですね。


0503

実家にいます。今日はこれといって何もしていません。「20世紀物理学史」を読んでいます。ポワンカレによるポワンカレ群の定式化?は相対性理論よりも先だったのね。


日本の古い建築なんかの良さを「日本的な美意識」と呼ぶのは、そこに仮想される「日本」というのが所詮は貴族の趣味でしかないという点で飛躍しているとは思う。たぶんこういうのがナショナリズムによって「日本」が再発見されたということなんだろう。


本当に絶望していることは、軽々しく他人には言えないものだなと思う。それは助けを求める声にしかならないから。そしてそんな要求をしても無意味だとわかっているから(それが絶望だ)。顔にはおだやかな微笑を貼り付けたまま、気がつけば引き返せないところにいる。それでいいんだ。手遅れならば、それで誰かを煩わすことなんて、ないんだから。


明日は祖母と会食したあとで東京に戻ります。ゴールデンウィークも後半戦。tfで何かしたいですね。そうだ、DCGANをGlobal Average Poolingで作ったら、discriminatorさんチームが何を根拠に偽物判定したかとかを可視化できるんじゃないかって。それ書いてみたいかも。


0504

実家にいます。祖母と会食ののち新幹線で帰還する予定だったのですが、突然具合が悪くなってしまったのでもう一泊滞在することになりました。はあ……。でも明日になれば元気になるのかというとよくわかりません。


こんな風に突然具合が悪くなってしまう可能性があると、どこかへ出掛けたり人と会ったりするのがどんどん怖くなってしまいます。これが僕の絶望なんだ……。


0505

実家にいます。おれはもうだめだ。


朝起きて新幹線に乗ろうとしたのだけど結局具合が悪いので断念。なんだこれ。具合が悪いのか気のせいなのか、しかし気のせいで具合が悪いのは具合が悪いのとどう違うのか。ここにいたって迷惑掛けるばかりでいいことないのだから這ってでも帰るべきでは。そんなこと無理では。しかし。

あとは断続的に寝ています。とにかく疲労している。熱はないようだ。そういえば去年の秋にもこんな感じになっていたような気がする。あのときは会社を三日休んだっけ。あと点滴してもらってたけど、あれは別に特に効果はなかったようにも思う。


明日こそ帰りたい。帰ってどうなるものでもないけれど。


0506

実家にいま……せん!

朝はまだ具合よくなかったのだけど、お昼に病院で吐き気止めを出してもらったりしているうちにこれは電車乗るくらい余裕なのではと思ったので夕方に帰ってきました。いやはや。まだ回復してはいないですが、あとは寝るだけでいいので気は楽。


$N$次元の将棋を考える。$0 < m \le N$に対して、$m$-飛車とは、許容される移動が
1. $N$個の次元のうちちょうど$m$個が非零となる
2. $m$個の移動量の絶対値がすべて等しい
という条件をみたす駒をいう。たとえば$N=2$の通常の将棋の場合、1-飛車は通常の飛車、2-飛車は通常の角行である。

2次元将棋の場合、1-飛車と2-飛車(角行)の移動可能な方向はいずれも4方向である(正負を別個に数える)。より一般に、$N$次元将棋の$m$-飛車の場合には、$N$個の次元から$m$個を選び、各々に正負が存在することから、${}_N\mathrm{C}_m\times2^m$方向となる。


0507

「灯台へ」読みました。めっちゃ良かった。どんなところが?時が流れ、人々がやっていっているところが。月並だけども。あと心情描写が非常に繊細で良かった。月並だけども。こういうのを繊細な心情描写というんだなと思い知った。


今日は特になにもしていません。あいかわらず風邪っぽい。「マスタリングTCP/IP 入門編」を読みました。TCPってけっこう忙しいのね。

あと全文検索についてちょっと調べたり。本当にほとんど単純に全文検索したいだけなので、groongaを生で使いつつJSONでメタデータを格納、とかでいいんじゃないかと思ったり。ElixirからgroongaはないみたいだけどErlangからならあるようなのでそれが使えるんじゃないかな。

それとAWSの本を買いました。いまは諸々のWebサービスとかを全部さくらのVPSに置いてるんだけど、AWSだったらどうなるかな、とか、でもやっぱりちょっと高いか、とか、いやこれ以上一台のVPSになんでもかんでも置くべきではないのだから分散すべきでは、とか。本当にそうなのかは謎。なんとなく格好いいってだけでは?まあでもAWSのこといろいろ慣れておいたほうが仕事で使えそうな気もするし。知らないけど。


今夜こそはtensorflow触りたい。アニメも観たい。