0304
昨晩は何してたんだっけ。try! Swiftの資料読んだりしてたら終わった気がする。Protocol-OrientedにAPIクライアントを作るというのはおもしろくて、これとFluxとを結合できないかなとか考えている(盆栽だ!)。
お昼から仕事。仕様書読み読み。あと調査をいろいろ。信号処理とかぜんぜん勉強したことないので難儀。まあ今回は動けばいいので素朴に移植すればいいか、とも。
ところで代休申請を出しました。来週末に取りたかったんだけど会社の月次報告会があったので再来週の頭にしました。うー、今週取っておくべきだったんだなあ、もっと早くから考えるべきだった(しかし今週は今週でやることあったからこれでよかったような気がする)。
プログラミング教育についてちょっと考えたりした。一般論として、年齢が一桁だと論理操作が無理らしくって、そこでプログラミングを教えてもだめらしい。なのでまあそこの段差をどうやってなめらかにするかという話なんだろう。
僕は小学五年のときにExcel VBAを使い始めたんだけど、その時はあまりそういう困難は感じなかった気がする。それより前だとどうだったんだろう。算数は得意な子だったけど、それと論理操作能力とはまた別のような気もする。まあ、あまり記憶にない。
「ネタにマジレスかっこわるい」と「ガイジンの変な日本語タトゥー」とを隔てるものって、結局「わかり」が降りてくるかどうかでしかない。「降りてくる」というのは、これが何らかの推論によって到達するとかそういう種類の理解ではなく、見た瞬間に勝手に生じているようなものであることを表現している(文字が読めるようなものだ)。この「わかり」の感覚は制御するのが難しい。なにしろ「わかってしまっている」ものをことさら吟味する必要などどこにも感じられないからだ。そして多くの場合それは正しく、いくつかの場合にそれが思い込みでしかなかったことが事後的に知れるのみである。
「わからない」人にはその指摘はどうしようもなく無粋に思われるかもしれないが、「わかる」人には指摘しないほうがどうかして思える(変な日本語タトゥーがそうであるように)。そういう断絶が人の間にはゴロゴロしているし、それに備える想像力はいつだって不足している(だって「わからない」んだもの)。ただできることは、(人の間にある多くの断絶がそうであるように)そういう断絶が目の前で口を開けたとき、さもありなん、と流すことだけだ。