diary

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昨晩はわりと早い時間にねむって(それでも一時ごろだったと思いますが)、今朝早起きして(それでも九時ごろだったと思いますが)ゼミの準備をしました。なんとか間に合ってよかった。

午後に(午後三時頃をあらわす言葉を知りません)カウンセリング。前回よりも自分語り的なことを多く。わりと思っていることをきちんと言えた感じはします。解決策はあまり見えません。というか単に僕が不満を述べているだけでぜんぜん解決への道筋が見えてきません。ああでも、こういうことを話してもよいと定められている他者に自分語りをするのはすこし楽しく思えていて、アレです(アレとは)。
休学や中退のことをすこし話しました。まあ僕は研究に向いてないと今も思っているし、中退はそういう意味では十分にあり得る選択なのだと思います。今のところはとりあえず卒業に不安を感じてはいないのですが(修論、きっとなんとかなるのだと今は思えています)、向いてないことをもう一年続けてお金を無駄にして、ということを考えると悩ましくはあります。
ただ、僕は落伍するのがこわい。それに、結局そのようにしたところで将来への不安感はまったく改善しないし、気力の無さも回復の目処が立ちません(それは、しばらくゆっくり休んだらもしかしたら戻るかもしれない、でもそれも不確定だし、戻らなかったらただのサボりです)。
どうするのがよいのでしょうか。困りましたね。

準ボスから、昨日キャンセルした学会について、ポスタ発表だけでも出してみないか、と言われました。予稿締切も(この意味で残念なことに)延期になったし、ということのようです。
多少迷います。口頭発表を避けられるのはずいぶん気楽なようですが、一方でポスタ発表もたぶん僕にはそれなりに障壁が高くて(よくわからないのですが)、きっとつらいだろうな、と思います。あと予稿を書くのも(思っていたより面倒のようだし)大変だろうな、と思って、いまはそれも避けておきたい気持ちがあります。休みたいのだ。
やっぱり、出さないことにしようとは思います。七月の僕に恨まれるのもいやだし、とにかくいまは安全側をとりたい。それに、今日カウンセリングのときにも話したけれど、僕はいまどう考えても判断能力を失っていて、つらいと強く感じているにもかかわらずタスクを積み過ぎているのではないか、それゆえの混乱に陥っているのではないか、と思いました。というか、僕はいまでも自分のつらさの根拠(へんな言いかたです)を見出せずにいるというか、自分がどれくらいつらいのかもよくわからなくなってしまっている感じにあります。すくなくとも一昨年くらいにはこんなにわけがわからなくなってしまうことはなかったと思うのだけど。覚えていないだけかもしれない。一昨年の夏前ごろから途方にくれ始めていたような気はするけど、その時はただ将来が不安だっただけだった、ような気もする。
まあとにかく、たぶん出さないと思います。師匠になんて話すか、というところがむつかしいかな(さっきまたメールがきました)。
僕の精神的な困難のこと、師匠にはまだ話していなくて(というか研究室の人にはほとんどきちんと話したことがないですが)、そういったことも含めてきちんと伝えたほうがよいのかな、とか、よくわかりません。
精神的な問題は、なにしろ精神的な問題なので、話さなければ解りようがないのですけれども、じゃあ話せばどのように解るのかというと、それも微妙なところだとは思います。つねに望ましい解られかたをするとは限らないし、望ましくないそれも有り得る。別に誤解されたり理解を得られなかったりという心配だけではなく、ただたいていの人は扱いかたに困るのではないか、というようなことを考えています。今も、僕が保健センタに通っていることについて同期とかとの間でどのように扱えばよいのかよくわからずにいます(僕としては、まあ抜けられないバイトかなにかだと思ってもらえるといまのところ一番好都合かなと思います)。たぶんこういった心配は、僕自身の、他人の精神的困難に対する不寛容を反映しているのではないかなと思ってすこし悲しくなります。でも仕方ない、人間は無限に寛容であることはできないし、ある事柄について先験的に不寛容であることも有り得るだろう。しかしなんだこれは。保健センタ通いのせいか、とりとめもなく話し続けることに慣れてしまった感じがありますね。
僕のつらさを社会とどのように折り合わせてゆくのかを、考えなくてはいけません。

ゼミの発表はつつがなく終了。僕の担当範囲はまだ残っていてそれは次回ですが。ゼミにはすこし慣れてきた感じはあって、遅くないかねとも思います。

ゼミのあとは居室でだらだら話していたらすっかり遅くなってしまって、帰ってから一時間でレポートを書きました。同期の解答を見せてもらったのですがよく読むとわりと嘘っぽくて、しかし時間が無かったので僕も精一杯嘘っぽいことを書きました。たぶんあれは嘘です。締切二分前に提出(まあそんなにシビアな話ではないと思いますが)。


明日は何かの展示会の説明員をやるらしいのですが詳細を知りません。スーツで行くことと、あと場所と担当時間のことしか知りません。すでに担当をした同期の話によれば基本的には暇だそうですが(だから見て回ったりしてもよいらしい)、先輩によると金曜日の午後は人がけっこう来る可能性が高い、そうです。まあ、なにも聞かされていない僕を配置するのが悪いのだと思います。というか説明の説明してよ。なにを展示するのかも知らないぞ。
それが終わったら研究室のひとたちと飲み会です。展示会の撤収を手伝って着替える時間が確保できるのか謎。


やっと春休み。研究室打ち合わせが来週あるのでその準備は必要ですが、まあやっていることはあるので大丈夫でしょう(ほんとうか)。二月はすこしゆっくりしたいです。僕はそれを毎月言っているけれど、今月はほんとうに、意識的にペースを落としてゆかないとまずい気がする。


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朝から謎の腹痛に襲われていました。それで展示会は遅刻しました。

展示会自体は、まあ僕は説明しようにもなにも知らないのでわりと放っておいて、よそのブースをながめて回ったりしました。企業向けの展示会なので、普段は絶対目にしないような種類の惹句(○○の測定でお悩みですか、みたいな)がいろいろあっておもしろかったです。あとフラーレンを化粧品にするみたいな話をしていた気がしますが{なんかいいことあるの/身体に入って大丈夫なの}。ベンゼンがだめなのだしフラーレンもだめっぽい気がしますけれども。
で、僕は撤収担当でもあったのですが担当時間は最後ではなかったので終了時刻までだらだらと本を読んでいました。森見登美彦「有頂天家族」読了。森見登美彦の本は、「京都ならしょうがないな」といういろいろを最大限に増幅している感じで楽しいです。狸だったり天狗だったり。

終わったあと、研究室の飲み会にゆきました。僕は基本的には具合が悪かったのですけども。焼肉でした。ひさびさの焼肉。
二次会にはゆかずに帰宅。週末だぜヤッホイ。何をしましょうか。PHPを書きましょうか。

研究室の同期とボウリングなりビリヤードなりにゆきたいと思っているのですがなかなかタイミングが合いません。あと東急ハンズで僕が雑貨を買うのに付き合わせたいとも思うのだけども。


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つまるところ、カレーを作成しているわけです。


昼頃に起きて、昼食はペペロンチノだったかしら。で、特になにをするでもなくなにもせずにいて、夕方からカレーを食べたいと思って、いいかげん生活をまともにしたいなあと思っていたことを思い出していっちょ作成してみっか、とあいなり申した。名前はまだ無い。泣いてばかりいる国家の犬。?
で、スーパーに買い出しに行きまして、ジャガイモとタマネギとニンジンとカレールウと肉を購入したのでした。あとローリエ(またそうやって調子に乗って)。これらの野菜の保存方法をよく知らないので検索しています。インターネットは社会復帰にも役立つ!
作成は困難を極めました。まずジャガイモの皮むきが面倒でした。引っ越したときに買ったらしいピーラを見つけたところまではよかったのですが、なかなか要領を得ず、けっこうな時間を消費。実家にあったピーラはもっとスムースに使えた気がするのだけど、ジャガイモが小さかったせいかもしれません。ニンジンとタマネギは問題なし。タマネギの催涙作用にも負けず。
次なる問題は、鍋が小さいこと。ずっと昔買った鍋がなんだか白い汚れでいっぱいになってしまってなかなか落ちないので(たぶん水をそのまま蒸発させたりしてカルシュームとかがついていたのでしょう)、あたらしくもうすこし大きいのを買おうと思っていたのですが、メラミンスポンジで擦ったらわりと簡単に落ちたので、科学はすごいなあ、じゃああたらしい鍋はいいや、となったのです。で、cookpadでてきとうに検索した四人前のレシピを参考に作成過程に入ったのですが、水を4カップ注入するところであっあっあっとなり、その場は事なきを得たものの煮込んでいる最中に吹きこぼれて大変でした。手間を考えるとこれより少ない量の作成はコスト・パフォーマンス的に無理があると思うので、やはり大きな鍋の導入を検討しなければいけないと思います。検討ったって買うだけなのだけど。でもどこに置くんだ。
それともう一つ、キッチンの狭さも重要な課題でした。15cm四方のちいさなまな板とボウルを置くと作業スペースが完全に埋まってしまうので、野菜を置く場所にも難儀する始末。これはしかし、改善のしようが無いわけです。足らぬ足らぬは工夫が足らぬのであって努力しなければならんというわけです(思ってもないことを言う)。
まあいろいろ書きましたがこちらとしてはおいしいカレーができてくれたらよいわけです。どうなんでしょうかね。あと十分。

今夜はお酒をのみつつコードをかきつつ。


そういえばLogitechのワイヤレス・キーボードが届いておりました。研究室用に使うつもりです。思ったほど小型ではなかったけど、ワイヤレスというだけで融通の利き方が違いますからね。
あとスパゲティを多量に購入しました。なんとなく籠城体制。そんな予定はないですが。


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兎も角も、昨日のカレーの反省会から入りましょう。結論からいうと、だいたいおいしうございました。
しかし反省しなければならない点もいくつか見受けられます。まずひとつにはルウが溶けきっていないことを挙げたいと思います。これは鍋の小ささおよび水位の逼迫ゆえに攪拌が不十分に終わったことが原因と考えられ、より大きな鍋の導入によって改善が期待できるところであります。
飽きたのでこのくらいにしておこう(飽きた)。

なんだかこんな風に料理とかをおそるおそる試していると、引退した老人のような気分になります。ほんとうにそうだったらどんなによかったことか、とも思います。あと五十年なにするのよさ。


夕方はすこしクロゼットを片付けています。ものすごい量の衣類。
この中の混沌の主な原因は、実家から届いたきり一度も袖を通してもいない衣類なのだなと、思ったり。
一度も着たことがないしたぶんこれからも着ないだろう服は、置いておいてもかさばるばかりでちっともいいことがないので棄てたり友人にあげたりすることにしました。

部屋を片付け始めて一月ちかく経ちます。すこしは生活がすてきになったかもしれません。やっぱり僕は疲れきってしまっていて、いまはもうなにも考えたくないという気持ちが大きいのですが。でも、生活のことを考えるのは、悪くない気分です。
部屋の混沌が拡大してゆかないための仕組みのいくつかはうまく動いています。とりあえずこの一月で混沌はそれほど拡大しなかった。そのことは、とてもうれしい。まだ棄てなくてはいけないものはたくさんあるし本棚を買わなくてはいけないけれど、上出来だと思います。
ところでこの三ヶ月ほどで二十万くらいものを買っている計算になるのだけど、大丈夫なのか。たぶん精神がよくない状態なのだと思う(もちろん生活ステキ化計画のためにも使っているけれど)。よくない。


明日どうしようかなあ。そういえばそろそろそろそろそろそろ。
違う。そろそろ打ち合わせのために結果出して行かなきゃいけないはずなので、計算をちょっと進めましょう。あとちょっと考えごとと。あれうまくいったらラッキィなんだけど!


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やる気があまりありません。コマッタ


夕方に研究室にいってすこし考え事をして、それからスーパーで鍋を買いました。大きい鍋です。これでカレー作成の問題のひとつを解決することができました。

で、一昨日作成したカレーがなくなったので再度作成。一昨日よりもうまくいっている気がします。鍋が大きいので作業はすこし楽になりました。あいかわらずジャガイモを剥くのはたいへんですが。


明日はバイトです。


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なにもしていません。


午後からバイト。あまり能率は上がらず。肩こりがひどいです。


先日グループ・ディスカッションに行った会社からお祈りメールをいただきました。初めてです。また会社を探さなくてはいけません。
正直なところまったく気力がありません。死んでしまいたい。

そういえば研究室の英語セミナの次回の発表順が決まっていました。四月の半ばです。ということはそれまでに死なないといけないのだな、と思ってみて、いやいやそんなことはありませんよと思い直すのだけど、じゃあどうしたらいいんですか誰が発表するんですか僕でしょう誰がその準備をするんですか練習をするんですか僕でしょう僕はもう嫌ですよそんなもの、となってしまってああ死のう、となります。死のうよ。ねえ。

ああ、もしも僕にすこしでも護る価値があると思うのならどうか僕をお護りください、世界よ。そしてもしもそうでないのなら、いますぐどうか殺してください。

明後日の打ち合わせの資料も作っていません。そういえば結局計算もすすめていないし考え事もすすんでいないし、困りました。

カウンセラの先生は、僕が、ほんとうは実現可能なさまざまな可能性を想像できずに落ち込んでいるのだと思っている風でしたが、そうではなく、可能性はいろいろと見つけられるのですが、そのどれもが選びたくないか選べないものに思われてしまう、のが問題なのだと思いました(そう言ったと思うけど)。

僕はなぜ死ななければならないと考え、にもかかわらずなぜまだ死んでおらず、それによってどのような困難と苦痛を感じているのか、それをきちんと記述して読んでもらったほうが手っ取り早いような気がします。週に一時間の診察ではまとまった話をするにはあまりに短いし(僕はどうも理屈っぽい側の人間らしいのです)、正確に伝えるのもむつかしいと思うからです。しかしそんなものを読ませてしまうのは明らかに過剰な労働を要求することでしょう。

今日は二時間くらいくよくよしていました。

死にたいって書いていてもちっとも深刻な感じしないので黙って死ななくてはいけないのかなあ、とか書いてみてもちっとも深刻な感じがしません。ぜんぶ嘘っぱちだもの。
ああでも嘘でも僕はもうなにもしたくないし、なにもしないのならば死ぬしかないだろう。僕に幸福などもうない。すべて僕の自業自得ですわかっています、僕は僕のどういったところが僕の幸福を妨げて僕を困難に陥れているのかきちんと理解しているのにそのために対策する気力がまったくないので不幸になるのは当然ですし死ぬしかありません。死なないで生きてゆく方法は僕にはとても惨めなものしかないと思いますしそういった局面でこそ僕がもっとも不得意としているような能力が必要となるのでしょう。たとえばひとりで知らない街で暮らそうとしても僕はまず家を借りることもできないでしょう(こわいから)。僕は年金の学生猶予申請の書類を郵送するのに九ヶ月掛かったのですよ。電話するのがこわいという理由でもう使っていないNTTの回線を二年以上支払い続けているのですよ(ほんとうに愚かだ、死にたい。これがもとで何万円無駄にしているのか僕は考えたくないが十万円は超えている計算になるだろう、死にたい)。
こんな風に死にたい死にたいと無駄なことを口走り続けているくらいならさっさと首を吊ってしまえば手っ取り早いのである。案ずるより産むがなんとやらであり殺す場合は一寸ちがうのではと思案化カリウム。なぜそうしないかというと怖いからです。失敗することが怖いし死ぬまでの過程は理性的にはとてもできないと思われます。なんらかの方法で理性を吹っ飛ばした状況でなら可能かもしれません(可能でしょう)。そのための手段はありません。求める勇気もありません。要するに死ぬ勇気がなく死ぬ勇気ってなんだよふざけんじゃねえよ、とは思う。いやしかし、議論によって死ぬべきと決議したのなら、恐れを乗り越えてそれを実行に移すのはまさしく勇気の作用であろう。深淵を覗き込みすぎて深淵に私生活を丸裸にされてしまうってのはまた別の話です関係ないです。
僕が悪かったのはもうわかりましたから、もうやめてください。僕が苦しまなくてはいけないのももうわかりましたから、もうやめてください。死なせないのも生かすのももうやめてください。僕はいまこれを真顔で書いているのだ。ねむい。まばたきをするのもわずらわしい。思考が結像しない。指先が勝手に話す。その指先もなんだか丸まってしまって気がつくと変なところに力が入っていいいいいいいとか打つ。僕は死ぬしか無いのだと思う。それが一番楽だ。なぜそう思うかというと僕はもはや社会に受け入れられる可能性がないと考えているからでそれはなぜかというと僕は社会的なシチュエイションがとても苦手でそこから逃げることばかりを考えているし逃げられないとこうして死にたい死にたいと言ってまだ逃げようとするしどうしようもないからです。たとえば大学をやめようとすると研究室の先生や先輩や師匠とどんな話をして良いのかわかりませんしそれが怖くてたまらないから今日まで大学をやめずにきました。なぜ大学をやめようと思ったかというと大学で要求されるさまざまな能力が自分には欠けていると感じ、またそれを補うための努力もできないからです。具体的には人前で話したり研究をする能力で、授業で発表をするのにも大きな困難がありましたし、それはこの先にも何度も要求されることだとわかっています。研究する能力も足りていなくて僕はたぶん正直なところ研究になんの興味も持っていなくていやいやさすがにそんなことないだろうそもそもほんとうに好きなことばかりみんながやっているわけではないだろうと思うのですが僕にはそもそも興味を持って探究したいという欲求が存在しなくてただ本を読んで勉強していられたらそれでいいと思うのでそれを仕事にするのはよしたほうがいいと僕は大学院に上がるまえから知っていたのにそれ以外の選択肢を選ぶのがこわかったからこうして大学院にきてやっぱりだめだったねと弱音を吐いているだけであってほんとうに全部僕が悪いのです。こうなることは最初からすべてわかっていたのに僕はそのことを考えないようにしてなんとかなると思ってなんとかならなかっただけなので僕が破滅するのは当然のことであり不幸になるのは自然の摂理に則ったものであると考えられます。このことについて僕以外の人間に責任を問うのはお門違いというものです。飛んで火に入る夏の虫というだけの話です。よくもこれだけネガティヴなことを書き続けられますねだって事実なんだから僕はただ事実を順番に指さしてゆけばいいだけなのですから。とにかく大学はやめなくてはいけないと思うのです。これ以上ここで誤魔化しつづけるのには限界がある。興味があるふりをしたりももう無理だ。
じゃあこんどはどうしてそれがすぐに死ななくてはいけないことになるのかについて考えなくてはいけませんがそれはなぜかというと大学をやめるということはつまりもはや学生ではいられないということで仕事をしなくてはいけないわけですが、僕は就職活動にもまったく身が入らずやっとの思いで応募した企業には断られ二の句が継げずといった有様であってここまで筋金入りの社会不適合ということになるとこれはもう社会に出るということは想像も出来ないわけです。会社に入ればもっと多様なひとたちともっと多様なタスクをこなしてゆかなければならない。発表する機会もあるでしょうしそれ以外にも緊張する場面はたくさんあるし失敗を咎められることもあるでしょう。それらすべてが僕にはもう到底できないことのように思われます。だから就職なんてできないと思います。毎日朝早くに起きるのも無理だしそもそも毎日仕事をするのが無理だ。なぜ無理かというといま無理だからです。
もうひとつ、とにかく休学するという選択肢もあってこれについてなのですがやっぱり無理だと思っていて、まずこれは大学をやめることと似ていますが先生たちになんと言えばいいのかよくわかりませんしちょっとやそっと休んだくらいで元に戻るのかもよくわかりませんし戻らないのならお金をどぶに棄てるようなものであってよしたほうがいい。経済的にも奨学金は停止してしまって苦しい期間になるだろう。生活のために僕はアルバイトに精を出さなくてはいけなくなるだろう。でもそうやって毎日仕事をすることそのものが僕には無理そうだと投げ出したのではなかったか。だから無理です。それに一年や二年休んだところでその先に就職活動をしなければならないことにもかわりはありません。僕は物心ついて以降働きたいと思ったことなど一度もありません(これはきっと嘘です)が、それを一年や二年で治せるとは思えない、というのもひとつの傍証になります。
とにかく僕には僕が今後生きてゆくための適切な方法がわからなくなってしまいました。というよりもはじめから無かったのではないかと気づきつつあります。だから僕は死ななければならない。これ以上他人のリソースにフリーライドしていてはいけない。みな初めのうちは助けてくれるかもしれないが生涯にわたって僕を助けてくれることなどあり得ないのだ。あり得ないのだ。あり得ないのだ(そう、僕は何度もこれを読み上げなくてはならないだろう。僕はいざとなれば他人が助けてくれると思いすぎているのだ。実際には誰も助けてはくれないのに)。
ああ、図らずも最初に書いたような文章をつくってしまった。僕はこんなものを書いてただ同情を誘おうとしているのだ。同情されたっていいことはないのでそんな機能は殺してしまいたい。この異常者め。

じゃあ僕はどのようになら生きてゆかれるのか。大金が手に入り生活の苦労がなくなること。嫌なものを嫌だと退けられる生活。なんだそれ。子供みたい。これが二十三歳の男の言うことですよ。みっともない。僕はもう嫌だ。こんなことを言うために二十三年も我慢してきたわけじゃないしさっさと死んでしまうに限る。死なないくせに。死のうよ。どうせ死なないなら一回くらい試してもいいんじゃないの。どうせ途中でやめるんだから。やめてくれ僕は死にたくないんだ、こわいから。それに僕はいまだに幸福に期待している部分だってあってそんなものは得られないっていいかげん理解しろと何度も言っているのに。あり得ないのだ。あり得ないのだ。あり得ないのだ。

僕はもっとすてきな人間であろうと決意したはずだったのに。


さいわいなことにカレーはおいしいです。ごはんを三合炊くと夕食二回と昼食一回にちょうどいいことがわかりませいた。大鍋のカレーが何食分なのか、公称十一食ですが、はたして。


本を読んで買い物をして夕飯のしたくをして、みたいな生活、したいです。
これはたぶん現実逃避の願望でしょう。


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http://www.nicovideo.jp/watch/sm19635778


昨日はぶっ壊れていましたね。わはー。

昼頃にノソノソと起き上がり研究室へ。シミュレイションのための手計算をちまちま。なかなかやる気が出ずすすみませんでしたがさっきようやく一応の形になったのでシミュレイションを開始しています。まあでもこいつはあまりおもしろい結果は出してくれないでしょう。むしろ同期がちょっと喜ぶかもしれない。わからないけど。
明日の打ち合わせはどうしましょうか。今日までのいくつかのシミュレイションをまとめればどうにかなるとは思うので、それでどうにかしようと思いますが。わりと見た目すごそうだしとりあえずいけそう。

これが終わったらどうしましょうか。ゆっくりできますか?


明日は午前中にカウンセリング。午後に打ち合わせ。そのあとボスたちと面談かも?みたいなことを言っていた気がします。どういう話をするのかよくわかりませんが。

週末にどっか遊びにゆきたいですな。


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昨晩は四時頃までかかってスライド作成。

午前中にカウンセリング。
一昨日ごろの破滅的な精神状態のこと、家族のこと。
僕がどのようにして自分が死ぬべきと結論したのか、僕自身が撃墜してきた生存可能性の一覧をまとめてほしいと言われました。なので来週までに書かなくてはいけません。部分的には一昨日の自動筆記めいた記述でいいのですが。
大きく分けると
・社会に受け入れられない(にもかかわらずその中で生きてゆかなくてはならない)という恐怖
・社会を受け入れられない(にもかかわらずその中で生きてゆかなくてはならない)という絶望
・自分が存在し続けることへの罪の意識
という風になると思います(めも)。

午後は研究室のミーティング。危惧していたようなことはどれも起こらなかったのでとりあえず安堵。

あとは来学期の身の振り方を考えなくてはいけません、にゃあ。


明日は午前中に保健センタで診察、午後にバイトです。