覚え書きIII
内容はない。
森の中で見上げた青い空。部分的に木によって遮られている。黒い鳥が飛んでいる。それが黒く見えるのは日光を遮っているからだと気づく。
「桜の森の満開の下」読了。なるほど桜というものはどこか。
重力のない世界では「落ちる」という言葉は存在しない。ただ物体は測地線に沿ってすべってゆくのみである。
雪が降り積もる。さくさくと靴が踏み固める。さくさく。しゃくしゃく。じゃくじゃく。あの子はどこから来たのだろう。あの子はどこへゆくのだろう。完全に均一な風景。視界に特殊なものはこの子しかいない。この子との相対的な距離だけが自分の位置を確認する手立てだ。だから僕はついてゆく。始まりも、終わりもない。あの子はなにを思っているのだろう。僕はなにを思っているのだろう。始まりも、終わりもない。完全に均一な風景の中を。いつまでも。
激しいノックの音。扉を開くとそこには赤いスカートの少女。状況を説明している時間はないの。とにかく今すぐ私についてきて。それから五百年の時が経ち、わたしは今日も暖炉の前で祈りを捧げるのだ。
重油、重油、重油になっちゃいなーああーああー♪
重油、重油、重油になっちゃいなーああーああー♪
もしも雨が上から下に降るのではなく空中に静止しているのだとしたら、雨の中を走ることも歩くことも濡れ方において相違はない。身体が空中を掃く体積は等しいからである。しかし実際には雨は落ちてくるので上から見た表面積分だけ差が生まれる。
宇宙の真空を貫く一条の光線。それを伝えるものは電磁場と呼ばれる構造である。目に見えないものが目に見えるものを伝えてゆく。そもそも目に見えるとは何か。そこに捉えられるとはどういうことか。五百光年の彼方で君は望遠鏡を覗き込んでいる。
いつか君はこの部屋を訪れて、そうしてこの日記を読むだろう(ああ、そしていまこれを読んでいる人物こそが君かもしれない!)。二、三の小さな風景とともに、思い出すだろう。それがなんなのか、現時点では誰にも判っていないけれども、心配する必要はない。すべてはそのように用意されている。君はそれを思い出した瞬間から、それが何だったのか、なぜ思い出されなければならなかったのかを理解するだろう。そのときに必要なものはすべてこの部屋に見いだされるであろう。すべてはそのように用意されている。そのように制限されている。
全長五光年の望遠鏡。そのレンズ。